・・・暑い。
5月からこんな暑さで良いのだろうか、いや、俺は認めない。
蒸し風呂のようなバスの中、5月だからという理由でつかないクーラーを呪う。
さすがに大型連休とあって満員のバスから見える四角い空は、憎々しいほどに晴れ渡っていた。




受験生に休みは無い。
そんなスローガンのもと、全国の受験生は勉学にひたすら追い込まれる。
俺だってそのスローガンには大賛成だ。勝手にやってくれ。

・・・しかし現実はそんなに甘くなかった。
大学に受かってまず浮かんだバイトは家庭教師。
そこそこ名の知れている国立大の学生だからか、割りとすんなりその案は受理されたのだが、まさか受験生に教えるはめになるなんて。
もちろん俺の教え子である中学生は塾にも行っていて、俺はそのアフターケアをしているに過ぎないのだが。

それでもこの性格のせいなのか何なのか。頼まれているのは一週間に一度だけなのに、時たま土日も呼ばれて、予定がないからと行ってしまう俺は何なのだろうか。
どうもそういうところの器用さは持ち合わせていないらしい。
別に良いけど。
その分手持ちは増えるわけだし。

ただ、こうしてバスの中で蒸し蒸しされていると気が滅入る。
あーやっぱり今日は断るべきだったか。
でも明日から塾の合宿、大型連休中で俺に聞けるのは今日しかないと言われれば無下にはできない。
承諾して訪問して、今はその帰り。
まだ3時といったところだろうか。

あとどれくらいだろうと辺りの景色をうかがうと、総合体育館が目に入った。
今日あそこで、うちの大学の剣道部が合同練習試合をすると言っていたような気がする。
相手は、確か・・・

(あ・・・)

総悟のいる、高校だ。

気づいた時にはもう、降車ボタンを押していた。
押したからには降りなければいけない。

何日ぶり・・・いや、何週間ぶりだろう。俺が大学生になって会う回数はめっきり減って、地元に帰ってもあちらは部活、なんてことはしょっちゅうで。
まだ試合をしているかなんて分からない、しかし自然と足は早くなる。

門をくぐり、駐車場をぬけ、剣道場に向かう途中に見たバス。
総悟の通う高校名が入っていた。どうしようもなく顔がゆるむのを感じながら、鞄を持ち直す。

中に入れば心地よい温度に迎えられて、やはりクーラーはつけるべきだな、と表情を曇らせた。
気持ちは急いているがきちんと靴を下駄箱にしまい、スリッパに履き替えると、今度こそ走り出す。

剣道場には一度来たことがある、その記憶をたどると迷うこともなく到着した。






ピンとはりつめた空気、気合いの入ったかけ声。
そっと窓から覗くと、ちょうど試合の真っ最中。
どうやら団体で、主将同士が打ち合っているらしい。
うちの剣道部の主将が立ち回っているのがよく見える。やはりそうだ。

相手は誰だろう、そう思い視線を動かした直後。
大学生の、それも防具をつけて重くなっているはずの体が、後ろに吹っ飛んだ。
ギリギリで転ぶことは防いだが、続き様に打たれた面は防げない。
パアン!という小気味よい音に少し遅れて、審判の「一本!」という声が響く。

俺は口角がにやりと上がるのを感じた。
あんな突きをするやつはそういない。
・・・総悟だ。

挨拶を終えて面を外した総悟は、ゆるりと窓に視線をまわして、俺の姿を認めると驚いたように目を開いた。





「何してんですかィ?アンタこんな所で」
「たまたま」
「・・・たまたま体育館に来る大学生なんて気色悪ィですぜ」
「・・・・・・」

だって何て言えばいいんだ!
たまたま思い出したんだから嘘じゃないし、それに何週間会ってないと思ってんだ。
大体にしてお前だって、出てくるのが妙に早かったじゃないか。
試合を終えて、片付けをして、挨拶をする。
お前が率先して片付けするとこなんて初めて見た、何だかんだでお互い様ってわけだ。

「ま、いいけど」
「何がだよ」
「べっつにー。・・・あ、お疲れ様です」

総悟がペコッと頭を下げる。
視線を向ければ我らが母校の先生。剣道部の顧問だ。
俺も高校の時にはずいぶん世話になったものだ。つられて頭を下げれば、アチラも笑って手をあげた。

その後に続いて部員が帰っていく。
・・・ってオイ、

「総悟、お前も早く行けよ」
「はぁ、どこにですかィ?」
「どこって、」
「今日は土方さんの所に泊めてもらいやすから」
「分かったから早く・・・・・・は?」
「だから、」

総悟はでかい目をコチラに向け、何を考えてるのか分からないような表情で同じ文を繰り返した。

「アンタの所に泊めて下せェ」

泊まる?
俺の所に。
誰が?
・・・総悟が。
俺の所に、今晩、総悟が泊まる?

「いやいや俺きいてないから!なんでっつーかお前の頭どーなってんの一体!」
「今日親が結婚式に出てるんでさぁ」
「いやだから?」
「家に一人なんて可哀想でしょうが。まぁまぁとりあえず」

何だか勝手にまくし立てられた気がする。
それでも俺がうまく反論できなかったのは、久しぶりに総悟と一緒にいられる、その事が最優先事項にあげられたからだ。

「土方さん、シャワー浴びたい」
「あーそうかよ。マンションに着いたらな」
「全く女心の分からねー人だ。彼氏の家にあがる前に体キレイにしたい気持ちをくみ取れ土方よ」
「・・・・・・」






「あ、シャワー止まった。ひーじーかー」
「分かったから!分かったからちょっと頼むから静かにしてくんない!?」

シャワー室には誰もいないとはいえ、そんな大声で喋るか普通。
・・・ああ、こいつに普通を求める方が間違っていたかそうか。
財布から百円硬貨を二つほど、目の前の機械に入れる。
同時にまた聞こえ始めたシャワーの音にため息を落として。
何でこんなことになってるんだ、しかも何で俺は黙ってあいつに従ってるんだ。
色々疑問だらけだが、俺はどうも総悟には甘いらしいという知りたくもない事実だけは分かった。
分かったはいいが・・・暇だ。
話し相手もいない、唯一候補のそいつはカーテンの向こうでシャワータイムを満喫していらっしゃる。
煙草は運悪く切らしていて、ああヤバいなんかイライラしてきたかも。

「土方さん、タオル」
「・・・」

黙ってタオルをとると総悟に投げようとして、


思わず、動きをとめた。



「・・・土方さん?」

カーテンの横のすき間を少し開けて、総悟が顔だけ覗かせている。
髪から伝って落ちる雫が、顔に張りついた横髪が、妙に扇情的で。
体温が少し上がったような気がする。

何週間も会っていない、それはつまり、あっちの方もご無沙汰だったということだ。

「ちょ、ひじ・・・ッ」

その華奢な腕を掴んで乱暴に唇を奪えば、その柔らかさに理性が音をたてて崩れるのが分かった。











な、何でこんなことになってる?

「やめなせ・・・ッ!ここどこだと思っ・・・ひぁっ」
「シャワー室」
「ゃッ、んあ・・・死ねひじかっ、ぃあっ」

それが分からないのは俺の頭がカラだからとかそういうんじゃなくて、

「テメーが欲情するようなことすっからだろーが・・・!」
「ひ、ぁ、あっ・・・や、やだぁっ・・・!」

土方がただのエロ魔神だからだ。

後ろから抱えるようにして前を弄られ、鈴口に爪をたてられればビクンと反応する肢体。
それに煽られたのか、土方は先端を弄ったまま、竿も強くしごきだす。

「やっ、ぁ、あ、イクッ・・・ひ、かたさっ・・・や、ぁぁああぁっ!」

急速に高められた俺は、遮るものもなく白を出さされた。
まだ息がととのわない俺の、蕾に侵入する指を感じた時にはさすがに焦って異を唱える。

「アンタ馬鹿ですかィ!やめ・・・んんっ」

振り返ったその唇をあっけなく奪われた。
ムカついてぶん殴ろうかと思ったが、さっきイカされたのと、現在進行形で後ろを弄られる感覚に身体が弛緩しきっている。

「ん、んんっ・・・は、」

土方の舌が歯列をなぞって、それでも最後の意地で舌の侵入を拒む。
と、後ろをほぐしていた指が唐突に内壁をこすった。

「んぁっ、ん、・・・んーっ」

思わず快感に声を漏らしたその一瞬をついて、ヤニ臭い舌が口内を荒らし始める。
久しぶりの感覚に思考が根こそぎ奪われていく。
脳ミソが溶けそうな、思考なんかは完璧に溶けてしまう愛撫に、もうわけがわからない。
ただ、身体が熱い。
後ろの敏感な点、前立腺といったような気がする、そこを刺激されて。
思わずのけ反った首筋をつーっと舐められて、そのまま耳元で、あの欲に浮かされた低音で、いいか、なんて訊かれた時には。



否定、なんて。
できるはずもなかった。






「や、ぁ、ぁあッん、」

そうだ、誕生日。

壁に手をついて、後ろから挿入される。
その熱さに意識を飛ばしそうになりながら、頭の一部が妙に冷静に、その単語を弾き出した。

今日は土方さんの誕生日だから。
だから、プレゼントってことで許してやろうか、なんて。

そんな事考えるなんて、きっと俺も、あの人も。

この熱に溺れている。


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