「おう、京都に行くか?」
「あー、行く」


二つ返事をしてから高速で三時間。
親父に着いてきたことに後悔した時間に限りなくシンクロする。

「高速おりるぞー」
「…着いたのか?」
「おりてからもう一時間」
「………」

高速をおりるときの、あの何とも言えない気持ち悪さが襲うなか(この道のせいだ、こんなにグルグル回らなきゃいけない理由が分からない)、時おりのぞく寺院に京都を感じた。






俺の親父は薬剤師で、家ではわりと大きな薬屋を営んでいる。
最近では漢方薬に凝っているようで、自ら材料を取り寄せてみたり、あちこちに出張したりと忙しそうだった。
その一貫か何かは知らないが、最近京都に行くことが多いと思ったら、どうやらお得意様ができていたようで、直々に調合までしていたらしい。(もちろん医者と話し合ってだ)
京都なんて修学旅行ぐらいでしか行ったこともないうえ、久しぶりの部活オフに浮かれていたものだから、ついつい着いてきてしまった。
中学にあがってから、こうして親父に着いていくのは初めてかもしれない。

長い長い車の旅も終わり、どうやら目的地に着いたらしい、車がとまった。

『どちら様でしょうか』
「土方です」
『お待ちしておりました。どうぞお入り下さい』

インターホンだろうか。微妙に機械がかった女の人の声と、何だか門が開くような音。
どんな家だと目を開けて絶句。

「…オイ、てめぇ何しやがった」
「親父に『てめぇ』ってどーなの」

視界一杯に、武家屋敷みたいな塀。
重々しく開く門。
滑るように走り出す車。
冗談じゃない。

「ムショか?てめぇついにムショ入りか?何だこれ、家ってレベルじゃねーだろ」
「…何だかお前、かわいそうな子みたいだから静かにしててくれ」
「……」

だって親父、これはねーよ。
色々ねーよ。

門をくぐってからまた道が広がってて、でも今まで通ってきたそれとは違う、日本庭園って感じの景色が広がっていて。
そしてその先の小高い丘の上にでっかいお屋敷が見えるって、何なのホント。

どこなのここ。
何したのお前。






『今から真面目に仕事の時間だから、お前適当に暇潰してて』

屋敷に連れてこられて、無情にもそう言われてから、かれこれ一時間。
暇潰ししてろと言われても、右を見ても左を見ても、おそらく(いや、絶対)高価なものばかり。くつろげやしない。
仕方なく中庭に面した縁側に座りこんでいる。
座っているのも億劫で、今は寝転がっているのだが。
いや、寝転がって、縁側の日陰が気持ちいいなと思って、そこからは記憶がない。
まぁ端的に言うと、寝てしまっていたのだ。

(…夜かよ…)

ゆっくりまぶたを開けてみれば、まだ真っ暗ではないものの、夕日は沈んだらしいことが分かった。

まだ起きる上がる気力が無かったので、何気無く周りを見渡す。

中庭には桜が一本あって、屋敷からの光でちょうどライトアップされたようになっていて、とても綺麗だった。

そのまま桜の木の根本に視線をおとして、



「ーッ!」



時が、止まった。



桜の木に寄りかかるように、しなだれかかるようにしてゆらり立ち尽くす、女の子。
紅い着物に包まれたその体は、ここから見ても華奢だと分かる。
あれは地毛だろうか。染めたにしては綺麗すぎる蜂蜜色の長い髪を結い上げて、紅い髪飾りでとめていて。
長い睫毛が影を落とす目は、何かを憂えるかのようにふせられていて。



綺麗だと、思った。



桜の花と共に消えてしまいそうな、その儚さまでもが。



ひどく、綺麗だった。




















*****


「何見てんですかィ土方ァー」
「お前」

窓際に座って思い出にひたっていると、背中に感じる体温。寄りかかってくる体重。
手にしている写真を見せてやると、一瞬の沈黙のあと、バッとその写真を取り上げる。

「ッ、何でっ!アンタが!」

振り返れば顔を紅くしたかつての『女の子』が、思いっきりこちらを睨んでいた。
ニヤリ笑って抱きしめてやれば、こんなので誤魔化されないと言わんばかりに押し返される。
妙に弱い力で。

「…写真なんかは全部、寺に納めたって」
「うん」
「大体にして何で俺が小学生の時の写真持ってんですかィ変態。ショタコン」
「うん?」
「好きで女装してたんじゃないんですからねィ!じぃちゃんが言うから、仕方なく…!」
「あー分かった分かった」

クツクツと笑いながら返せば、気に入らなかったのか腹を殴られた。


日本には面白い文化があるもので、体が弱い男の子が無事丈夫に育つように、小さいときだけ女の子の格好をさせるっていう習わしがある。むしろ呪術に近いらしい。

まぁコイツを見る限り丈夫に育っているから、あながち嘘でもないのかもしれない。

親父が薬を調合してやっていた、桜の下の『女の子』…正しくは『男の子』だったのだが。

その時に一目惚れして、でも接点を持てなくて、大学生になってから高校生になったそいつとまさかの再開。
とはいってもアチラは俺のことなんて知っているはずもなく、気持ちを繋げるのになんと苦労したことか。

本当は五年近くもずっと片想いしてた、なんてことは。



まだ、俺だけの秘密。


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