貴方の声が 聞きとう御座います ひとこと『名無し』と ―――――――… 季節は春 桜の舞い散る小田原城 「小太郎」 聳え立つ栄光門の頂に佇む影 名を呼ばれた忍はつ、と視線を向ける ふわり 風に乗って音も無く地面に着地し、片膝を付き跪いた。 「………(お呼びで御座いますか)」 「お久しぶりね」 その声の主は 北条氏政の孫娘、名無し。 心地良い風に さらさらと靡く黒髪 色艶やかな着物姿が 白磁の様な肌に映えて 桜に負けない程の美しさと、ほんの少しの幼さを残した面持ちは緩やかに微笑んだ。 「ふふ、そんな畏まらずに。私は貴方の主ではないのですから」 「………………」 黙って俯いたまま微動だにしない忍に手を差し出し、立って、と促す。 その手に触れて良いものか一瞬考えたが『ね?』と押され、軽く添えて立ち上がると見上げる名無しが嬉しそうに目を細めた。 微かに触れたその手の温かさに何故か安心を覚える。 誰とも分け隔て無く穏やかで優しく、日だまりの様な暖かさを持った名無し姫。 そんな眩しい位に 明るい光が急にふ、と 「お爺様が貴方に話があると呼んでいました」 表情を曇らせる。 (一体何の話だ…?) 兎に角、主の下へ向かわなければ ヒュウ、と黒い風を起こし瞬きの間に消え去る小太郎を、名無しは寂し気な瞳で見送った。 「小太郎…」 瞳にただ真実を隠して [prev|next] |