「もう身体の調子は良いのか」


「お陰様でこの通り。旦那にも名無しちゃんにも迷惑かけちゃって…俺様忍失格だよね」

自嘲気味に笑う佐助を見て幸村は少し困った顔で「すまない」と謝った。

「実は…名無し殿に注意されたのだ。佐助に頼り過ぎではないか、と。思えば確かに甘えていた所も多々あった」


普段馬鹿みたいに
熱くて真っ直ぐで
煩いくせに


「別にそんな事無いよ。逆に変に気を遣われたらコッチも困るし。でも、ま、気持ちは有り難いけど」

何時もの様にへらりと笑って
その場を後にした


(今更んな事言われても…)


複雑な気持ちの中で
ふ、と頭を過ぎる名無しの姿



『名無し殿に注意されたのだ』



それはつまり


名無しが心配してくれてる


それが何より
嬉しくて、嬉しくて


(そういえば看病してくれたお礼…ちゃんと言ってないな)


今度会ったら何て言おう


そんな事を考えただけで
胸が一杯になった



――――――――…



数日後

何時もの様に上田城へと訪れていた名無しを見かけた佐助は、逸る気持ちを抑え、ゆっくりと近づいて名を呼んだ。

「よっ、名無しちゃん」

ふいに呼び止められて一瞬身じろいだが、知った声に安堵する。

「佐助さま、もう御加減は宜しいので?」

ふわりと微笑む名無しに大きくひとつ、胸が高鳴った。


(嗚呼…やっぱり可愛い)


「うん、お陰様でこの通り、すっかり元気になりました♪名無しちゃんありがとね」


本当に言いたい事は
他にあるんだけど


「いいえ、お気になさらずに。身体が資本ですもの。また何かあればいつでも仰って下さいね」

では、と立ち去る間際

言葉より先に
咄嗟に伸ばした佐助の腕が
名無しの華奢な肩に触れる


「!?」


驚いて振り返る名無しの瞳が何事かと問いかける様に佐助を見つめた。暫し視線を交わす二人の間には気まずい沈黙。

「…あ、のさ、」

「………」

「旦那に言ってくれたんでしょ?俺様の…その…」


切り出した言葉が
上手く伝えられない


「…ええ…お気に障りましたら、申し訳御座いません。少々…出過ぎた真似を致しました」


哀し気に視線を落とす彼女はその艶やかで長い漆黒の睫毛を閉じて謝った。



違う、そんな事じゃない



俺が言いたいのは



「違うんだ、名無しちゃん、そうじゃなくて…」


「申し訳御座いません…急ぎますので」


伏せた瞳は何も映さず、するりと交わして立ち去る名無しの影を佐助は黙って見送るしか出来なかった。




喉元につかえた言葉



ただひと言
君に「好きだ」と言えたなら
この苦しみから
逃れられるのに


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