今更、夢で会いに来ないでくれよ


『ねぇ、佐助』


忘れたつもりだったのに

否、思い出したくなかったのか


『愛してる』


こんなにもはっきり

覚えていたなんて






「………………」

気がつくと辺りはまだ薄暗く、朝と呼ぶには些か早い時刻。

夢の所為で思ったより早く目覚めてしまった。


(今更あんな夢見るなんてなぁ)


今日は久々の非番。

もうひと寝入りしようと目を閉じたが、すっかり覚めていて眠れそうにない。ごろごろ寝返りをうつも無駄だと分かり顔を洗いに行く事にした。

(何か勿体無い様な気分…)


普段が忙し過ぎていざ休暇となると時間の使い方が上手く出来ない。


今は暇なんて欲しくないんだけど


ふ、と頭を過る名無しの顔


(ダメだ…余計な事考えるな)


あの子はアイツとは違うんだ
しかも旦那の許嫁

これ以上関わらなければ
そのうち忘れる

顔を洗い身支度を整えた後、外へ出て辺りを見回す。散歩と言いながら近辺視察なんて非番なのに俺様真面目だねぇ、と半ば自嘲気味に小さく笑った。


ぐるりと城外を周り異常が無い事を確認して城内へ赴く。

仄かに明るくなった廊下を音を立てず歩いて行くと厨から楽しそうな笑い声が聞こえ、思わず振り返る。

その場所に近づくと


ふわり


煮物の良い匂いがして数人の女中に混ざる名無しを見つけた。袖を紐でまくし上げ、前掛け姿が意外に良く似合っていて微笑ましい。

そっと覗いて立ち去るつもりだった

関わるのはよそうと思ったばかりなのに何故か声をかけずにはいられなかった。


「や、名無しちゃん。こんなとこで何してんの」

「あ!お早うございます。今、朝餉の支度をお手伝いさせて頂いてる所ですが…佐助さまは?」

「俺様?そうだねぇ…散歩、かな」

「散歩ですか!?早朝からご苦労様です。ふふ」

柔らかい笑みを浮かべた名無しは言い終わるとまた調理の続きを始めたが、暫くして閃いた様に

「味見をして頂けませんか」

と願い出た。

「俺様が?別にいいけど…」

煮物の人参をぱくりと口に入れると味がしっかり沁みていてほんのり甘めな感じが旦那好みだな、と思った。

「うん、良いんじゃない?甘めな感じが旦那好みで」

「良かった!佐助さまにそう言って貰えて安心しました」


これ以上無い位の
笑顔が眩しくて


不覚にも胸が高鳴るのを感じた。

旦那の為に一生懸命拵えるなんて健気だねぇ…まぁ、そんな所も可愛いっつーか


「じゃ、頑張って。旦那によろしく〜」

ひらりと手を振りその場を後にした。


どの道叶わない想い

諦めた方が楽なのに、どうしても想わずにはいられなくて。

だから




見てるだけで充分なんだ




せめてその位は許してくれるよね?


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