「さすけ、おいで」
庭先で名を呼ぶと、目を輝かせながら喜んで飛びついてくる。

「ちょっと名無しちゃ〜ん!」

その姿を苦笑いで見つめる忍は溜め息混じりに呟いた。

「犬に俺様と同じ名前つけるのってどうかと思うよ…紛らわしいっつーか何と言うか」

「そう?可愛いと思うけど?」

しれっとした顔で言い放ち、犬を優しく撫でて極上の笑顔で返されたらそれ以上はもう何も言えなかった。






―――――――…


暫くしてまた名を呼ぶ声がする

「佐助、どこにいる?」

今度は旦那か…

屋根から音も無く飛び降りて幸村の下へ駆けつけると、いつもの様にへらりと笑いながら

「兄妹揃ってさすけさすけ、って。そんなに俺様の事が好きなの」

「どうした?機嫌が悪そうだな」

「別に…所詮犬と同じ扱いなんだな、って」

「何かあったのか?」

「妹君の犬の名前で御座います」

少し意地悪く丁寧に言ってみた。

すると幸村は思い出した様に
笑みを浮かべて

「ああ、さすけの事か」

屈託のない笑顔が痛い位に眩しい。

「っだから紛らわしいでしょ!いっつも自分が呼ばれてる気がして落ち着かないんだって!」

わざわざ同じ名前にしなくても、と強く主張してみたが余り伝わっていないようだ。

「まあ良いではないか!そのうち気にならなくなるだろう。それより…」

お八つの時間だぞ、と子供の様に団子を催促されて呆気なくその話は終いになった。いまいち納得がいかない佐助だが、染み付いた習慣の所為か手際良く茶菓子の用意を済ますと主の待つ縁側へと急ぐ。



「あ、佐助!」

幸村の隣には無邪気に笑う名無しの姿

「名前の事まだ怒ってるの?」

「どうかな」




本当は嫌じゃない

名前なんて気にしてない

ただ




「うむ、馳走になった」

食べ終わって満足した幸村は午後の鍛錬の準備をする為に席を立つ。

些か乱暴な足音が遠退いて聞こえなくなると、縁側に残された二人だけになった。

「………………」

「………………」

暖かな日差しと柔らかな風が頬を撫で、その心地良さにこのまま昼寝でもしたくなる。

「理由が知りたい?」

ゆらゆらと微睡んだ時間を止めて唐突に話を切り出した名無しは、にこりと笑いながら佐助に問う。

風に靡いて少し乱れた黒髪を片手で耳に掛けて直す仕草がやけに艶やかで、いつの間にそんな表情をする様になったんだろう、と思った。

そりゃそうか

名無しちゃんももうすぐ十六だもんな。縁談のひとつやふたつあって当たり前の歳か…

と感慨に耽っている佐助に名無しは悪戯っぽく笑って

「どうして佐助の名前にしたのか…知りたいでしょう?」

ねぇ、ねぇ、教えてあげようか

何度も問い掛けるからそうだね、と聞いてあげる事にした。

「名を呼ぶと、いつも佐助が傍に居る様な気持ちになるから…だからさすけにしたの」

「俺様が傍に?」

正直驚いた

そんな風に想ってくれていた
なんて考えた事も無くて


「いつも一緒に居たいの。好きよ、佐助」


真っ直ぐに見つめる名無しの瞳はとても清らかで、ほんのり頬を赤く染めて紡ぐ言葉もずっと聞いていたくなる位、心地良くて。

とっくの昔に棄てた筈の感情が
心の奥底から湧き上がってくる

「いいよ。俺様、いつも名無しちゃんと一緒に居てあげる。だけど…」

内緒話をする様に、そっと耳元で囁いた。

「俺様は犬じゃなくて狼だから気をつけてね」

艶を含んでへらりと笑う佐助に耳まで赤く染めた名無しは狼なら尚更きちんと躾しなければ…と思った。



君の名を呼ぶ



「佐助っ、とりあえずおすわり」

「ワン!…って俺様やっぱ犬扱い!?飼い犬に手ぇ咬まれても知らないよ」

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