幕間:非公式会談
そのマスターの真摯な願いを、残念だが相手の女に受け入れられることはないとキャスターは理解していた。見たところ、相手は筋金入りの冷徹で高慢な魔術師なのだ。そんな根拠も、利益もない話を頭から信じてくれるような魔術師など…
と、そこまで考えて苦笑する。
ああ、きっとかつてのエミヤシロウであれば、愚かしくも信じたのだろうがな、と胸内で一人ごちた。
*
闇に塗りつぶされた暗い公園を懸命に照らし出そうとする街灯が、無機質な青白い光を宿して、ぼんやりと白く浮き上がっている。
梓が語るべきことはすべて終えた。
そうして、吟味するように、目を伏せながら押し黙った娘を、梓は緊張したように見つめる。
耳の痛いほどの異様な静けさの中、街灯に嵌められた人工的な輝きを放つ蛍光灯に羽蟲が止まり、光を遮っている。
と、シャノンの唇がゆっくりほどけた。
そうして、無表情になれば、人形のように優美で、それ以上に無機質さを漂わせる貌をした魔術師は、この場に不釣り合いなほど、優しげな笑顔を浮かべた。
「なるほど、つまり我々が求めている聖杯とやらは、サーヴァントを贄にして行われる魔術儀式にすぎず、挙句その中身は願いを叶えることすらできないほどに穢れきっている、ということで良いのかしら?」
「はいっ、信じられないと思いますが…」
「ええ、申し訳ないけれどそうね、その根拠が貴方の特殊能力だけだちょっとね」
そんな熱の篭った梓の声もどこ吹く風か、シャノンは関心なさげに、無感動な眸で、すっと梓を一瞥する。
そう興味もなさそうで、身のこもらない口調がさらに梓を打ちのめす。
「それでもっ!…信じてほしいの。このままだと沢山の人が…!」
シャノンは涙をうっすらと浮かべながら懇願する梓から視線を外して、髪を掻き上げ、感情のこもっていない淡々とした淡白な声で言葉を継いだ。
「ええ、残念ですけれども、彼らも命を懸けてこの戦いに挑んでいるの。私としてもその程度の根拠で、そんな彼らに止めるように進言なんてできないわ。剣を下した途端、後ろから襲われては、彼らに申し訳ないもの」
暗い夜が抱く冷え冷えとした静寂に、娘の声が響く。
闇に響くその声は、例えようもなく冷たく、この会談の結末を暗示していた。
「でも、その言葉が本当であれば―――そうね、聖杯自身に聖杯の破壊を命じたら良いのではないかしら?そうすれば、全てが丸く収まると思うのだけれど」
シャノンは片眉を上げ、梓たちに聞き分けのない子供に言い聞かせるようにように、そう言葉を続ける。
その揶揄するような物言いに不快感を覚えたのか、あるいは挑発と分かっていて乗ったのか、キャスターが重い靴を静かに、だが確実に一歩踏み出した。
「その願いが聞き届けられるまでに、多くの人が死ぬとしても、か?」
「あら、それは大変ね」
「…ふざけるないでいただけるかね」
「ええ、ごめんなさい。あまりにもあなた方の冗談がお上手だったもので。でも、それって単なる推測にすぎないでしょう?
そんな夢物語を聞かされた程度で、私たちを舞台から降ろそうだなんて…あなた方はいい度胸をしているのね」
凍った空気に重く放たれたその質問を、娘は謳うような軽やかさで一笑に付した。
冷笑が夜の闇を通して耳朶に響いて、言葉を交わすほどに、空気が冷たく凍っていく。
「つまり、交渉は決裂と言うことか」
そう皮肉気に肩をすくめ、キャスターは魔術師に向かって最終通告を放つ。
「いいえ、だって、そもそも交渉にすらなっていなかったでしょう。――――それで、今度はサーヴァント風情が私にいったい何の用なのかしら」
そうして、すっと目を眇めてこちらをみる娘を、鷹のように鋭い目でにらみつつ、キャスターは戦闘体制に入った。
その後ろで、慌てるような気配を感じたが、ここまで来たらお互いに引くことなどできるはずもない。
「いいや、ならばここからは私の領分だと思ってね」
そういって、キャスターは次の瞬間には2振りの剣を投影する。
「本当に、マスターがマスターならサーヴァントもサーヴァントね。―――本当に野蛮な男」
「いや、申し訳ない、育ちが悪いものでな」
両者の間にあるのはもはや冷たい敵意だけである。
しばらく二人は互いに互いを見ていた。
静寂に満ちた公園、張り詰めた空気だけが、冬の冷たい風とともに二人の身体を嬲っている。
しかし、シャノンはどう贔屓目に見ても近接戦闘に秀でているようには見えない。つまりどれほど優れていようとも、単なる魔術師であるならば、近付かれたらそこで終わり。対魔力がないとはいえ、余程の魔術でなくば直撃しても致命傷になりはしないのはもとより、碌な詠唱すらできるかどうか…つまり、前衛がいない魔術師など、この間合いを失ってしまえば抵抗らしい抵抗も出来ないままやられてしまうことが、簡単に予想できる。
梓は動けなかった。
自分が動けばそれが戦闘開始の合図になるということが理解できたからである。
そうして、耐えきれずに足を引いた途端、足元から何かが、ぱきっと折れる軽い音が響いた瞬間
「言っただろう、マスター。―――こういった輩には、すこし強引に行った方がいいとな!」
キャスターは剣を握って、勢いよく地を蹴った。
迎え撃つはシャノンの魔術。
けれど、キャスターであれば、女の呪文の詠唱が終わる前に間合いを詰め、捕らえることができるだろう。
それでも、と疾風のように走り寄るキャスターを迎え撃たんと
シャノンは雷鳴の速さで呪文を綴った。
*****
酒宴仲間を探しているライダーを見過ごし、王の宴ルートではなくて、シャノンを見つけるとは、梓の幸運値はたぶんEとかD。
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