春眠 | ナノ

倉庫街での死闘裏1

剣戟の清澄な音が高らかに響きあう。
奔る魔力の奔流が、夜を華やかに染め上げる。

倉庫街のトタンが剥がれおち、紙のように吹き飛んでゆく。
魔力と風の狂想曲。
セイバーとランサーが奏でる剣舞が、唸りを上げる大気となり、倉庫街は蹂躙されつつあった。

その戦場を見透かそうとしている人間が数名。
一人は黒い草臥れたコートの冴えない風貌の男。
もう一人はその男に影のように付き従う、黒い髪に切れ長の目を持つ中性的な女。


そうして、最後にコンテナの陰に佇む影。
戦場を使い魔で俯瞰するように確認をしている。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの補佐役であり、ランサーの魔力供給源でもあるシャノンだ。

シャノンに課せられた役割は魔力供給源としてだけではない。自ら判断し行動することで補助に回ることも含まれている。
ならば、ケイネスの求める"魔術師としての誇りある戦い"以外は、勝利のためならばどのような行動も許されているのだ。つまりは本命までの露払い。よって不本意ではあるが、こうして裏方に徹しているのである。


華やかな剣劇の音色を、妙なる音楽のように聞きながら、シャノンはそっと目を伏せる。
心を静め、身体の中身から入れ替えるように深く息を吐く。
これより先はこの身は人ではなく、この戦に勝利を齎すだけの機械に徹するのだ。

体のスイッチを静かに、そして素早く入れてゆく。
己の内に広がる茫漠な虚無に目を向ける。
虚無には航海者を導く灯火のように光がいくつもともっている。
まるで、星の海を泳ぐように果てない旅路。
それを、航路を決める航海士のように、星々を効率的に結んでゆく。


そうして、シャノンは目蓋をゆっくりと開いた。密やかに囁くような溜息をひとつ。手に持つ礼装に魔力を通し起動する。
礼装が淡い燐光を蛍のように明転させ、起動を告げる。
いや、その礼装は既に起動状態にあった。
ただ、反応が微弱すぎて、気づかれないだけで。


魔術礼装「水晶の夜」。
かの悪名高き、歴史の転換期ともなった夜の名を冠するこの礼装は、水晶で作られた同じ鏡を魔術式にて同調させ、もう片方と同じ景色を共有するという、いわば据置型偵察用魔術礼装としての機能しかない―――正直名前負けの礼装である。


『けれど、使い方に汎用性があるという点では及第点かしら』


だが、この礼装の使用方法はこれだけではない。
彼女とケイネスという稀代の魔術師の手を加えられたこの礼装は、たとえ粉々に砕けてもその欠片一つ一つに同じ機能を有しているのである。
もちろん、破片が細かくなればなるほど認識できる情報量も微弱になるだろうが、それは相手に察知されないという点でも全く同じ。むしろ、相手に気付かれることことなく場所を認識するという点だけに注目すれば、これほど使い勝手の良い魔術礼装はないだろう。

問題があるとすれば

『この破片を先に設置…砕いたうえで地面に巻いておかなくてはいけないことよね。
本当に地味で面倒な作業なんだから』


だが、それゆえの「水晶の夜」。
大地に敷き詰めれば、月光を弾いて瞬く数多の破片。まさにその名にふさわしい美しさを誇っているのである。

手にしていた鏡を覗きこむと、水面が風に吹かれてさざめくように、鏡の表面が不自然にゆらゆらと揺らいだ。


念入りに砕いた片割れの鏡はもはや原形をとどめておらず、たとえ行使してもその微々たる魔力に気付くことはあるまい。

揺らぐ面が、落ち着きを取り戻し、湖面のごとき鏡に人影が映し出される。
クレーンの上に、大きな霊的反応…サーヴァント、アサシンだ。
だがこれは驚くに値しない。
元より、アサシンが脱落していないことなど、占で確認済みである。
アサシンの無様な脱落に疑念を抱いた女は、魔術刻印に刻まれた「天球の書」を起動させることでその成否を確認していたのだ。
だから、いま探すべきは、この戦いを姑息にも覗き見る輩。



そうして

「―――見つけた」

獲物を見つけた娘の口角が密やかに上がった。
にじみ出そうな殺意。
荒ぶる魔力。
それらを押し殺して

敵が視認できる位置まで場所を移し、瞳を凝らす。
そうして、戦場を見渡せるコンテナの上、傲慢にも戦場を隠れ見る魔術師の裏を欠こうと、一人の男が狙撃銃を構え、スコープを覗き見ている姿を、ただ、見つめた。

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