春眠 | ナノ

32

片や騎士道にのっとった、理想の騎士。
片や騎士道を軽んじた異国の王。
交わることのない道を歩む彼らが相見えたからには、反発が生まれるであろうと誰もが予想した。
当の本人たちですら、そうだったのだ。
誰が分かろう。
身分も思想も理念も全く違う彼らが、酒を飲みかわし、心を通わす中になろうとは。

そう、そのような清廉を重んじる騎士たちと、全く価値観の異なる王は思いのほか気が合ったらしい。
王自身は騎士道こそ重んじてはおらねども、敬意は抱いており、クラウダスの王宮からも名だたる戦士が騎士道に焦がれ、はせ参じたのも事実だったのだ。
昏い乱世において、海を挟んだ国と国の、緩やかで暖かな交流がそこにはあった。


―――――他でもない、騎士の中の騎士であると呼ばれたランスロットの不貞の罪が暴かれるまでは。


不貞の罪を暴かれ、王妃と共に追撃の手から逃れるべく、当時のフランス―――クラウダス王の元へとやってきたランスロットを王は何も言わずに匿った。それが、騎士王と交わした約定だったからである。

そんなランスロットを、騎士王は許そうとしたらしい。
だが、肉親を奪われ、人一倍情に厚いガウェインはそれをどうしても許せなかったのだ。
そうして、王からもぎ取ってきた、罪人の引き渡しの命を携えて、ガウェインはクラウダス王へと言いつのった。


『クラウダス王よ、ランスロットは我が王宮を侮辱した罪人。至急こちらに引き渡してほしい』
『それはならぬ、太陽の騎士よ。和解がなった時から私は彼の後援者であり、朋友でもある。またここは我が国である。その罪はその方で犯されたもの。こちらの法では、不貞は死罪にあたいしないのだから』


だが、肉親の死にと、騎士王に対する裏切りによる怒りを覚えていた太陽の騎士は、クラウダス王の言葉を受け入れようることはできず、私憤のあまりその場を強制的にも押しとおろうとした。いや逸話ではその場で、王を侮辱する言葉を吐いたとされる。そんなガウェインに名誉を穢され、怒った王は一騎打ちを持ちかけたのだ。

無論、圧倒的な実力差であることは明白。
勝ち目などあり得るはずもなかった。
だというのに、クラウダス王は剣を取った。

―――騎士道を軽んじていた王が、名誉を穢されたなどと怒るはずもない。
だから、きっと剣を取ったのは単純なこと。
何の価値もないと豪語していた義理と約定と
そして、恐らくは―――情を抱いていた二人のために。


「それが一騎打ちの話につながるのですね……では、日が傾くほど長引いたということは彼の王はそれだけ手ごわかったということでしょうか」
「いいえ、全力で当たれば直ぐにでもケリがついたでしょう。私と、彼の王との実力差は語るまでもなく、明白でしたから」

?それはおかしい。
この話だと、勝ったのはクラウダス王のはずなのだが。
同じことを思ったのか、凛やラニも不思議そうに小首をかしげている。


「決闘で勝ったからと言って、私の言い分が通るわけではありません。あれは私の言葉に対する返礼。表向きは名誉のための決闘なのですから、即座に結果を出したところで何の意味もありません。ですので、あれは彼女の意思を折るための戦い―――――いわば、八つ当たりですね。数太刀も交わさぬうちに雌雄を決することもできたというのに、ただ漫然と長引かせてでも、彼の王の心を折り、ランスロットの引き渡しを……そうまでして、私はおのが私怨を果たしたかったのです」

それは、理想の騎士と謳われた彼らしからぬふるまいだった。
俺が見たガウェインは、相手を侮辱することもなく、己の意志よりも王の意思を尊重し、礼節を重んじた騎士である。
そんな彼が、騎士としての振る舞いを忘れ、激情に呑まれて剣を取るほどに……兄弟を殺し、王に背いた男の、友だと信じていたランスロットの裏切りは、耐え難かったのだろう。


「ですが、思いのほか長く耐えたクラウダス王の力もついに尽きました。
そうして、膝をついた王に私は剣を振り上げ、前言の撤回を求めようとして――――――そうして、見てしまったのです。私を見上げたその眸に映る、復讐心にまなこを曇らせ、私怨に燃える悪鬼の姿を」

ガウェインが悔やむように、語る。

「そこでようやく気が付きました。今まで騎士道を軽んじていた、他でもないクラウダス王が、騎士の約定に沿って剣を取ったというのに、私は騎士道にそむくどころか、王の御心までそむいて、私情にて剣を奮っているということに」

だが、それでも彼は騎士であり続けた。
そう、ガウェインはクラウダス王の実力に敗北したのではない。
ただ―――彼の王の覚悟と、初めて王が掲げ、己が掲げていた騎士道。そして彼らを思う王の誠意に膝をつくこととなったのだ。


「後は逸話通りです。騎士道に悖った私は瞳を太陽の光に焼かれ。その隙に彼の王が腰から剣を抜き払った。そうして、私は剣を手放すことになり、敗北したのです。ゆえに、私では彼の王―――彼女と相対するときのみペナルティが課せられるのです」


ガウェインの実力も、そして宝具もサーヴァント随一の実力を誇っていることは間違いがない。
だが神秘はより強い神秘によって覆えされるもの。
生前ならいざ知らず。英霊となった今、どれほど圧倒的な実力で勝っていようとも、彼の王の剣の前に膝をついたという来歴が、一つの概念となってガウェインに課せられるのだろう。
だが―――――

「でも、それっておかしくない?一度負けたからと言って、同じ相手には勝てないっていうなら、聖杯戦争上がったりよ」

そうだ、生前、まぐれでもなんでも負けたからと言って、ガウェインの力が削がれはしても、全く効かないわけではない。宝具自身に、ガウェインには絶対に勝てる、だなんてガウェイン特攻能力が付与されていたのであれば別だが、そんなこともなさそうだし。


「はい、勿論無条件で敗北するようなことはありません。ですので、私が負ける要因となるのか彼の王の宝具の力は私にとって侮れないものとなるでしょう」
「宝具―――っていうと、あの結界の様なもの?でも、あの結界の効果はまあ厄介だけど、ガウェインが勝てないって断言できるほど、ランクは高くなかったような気が……」

目の前でその威力を感じた白乃の言葉を聞いて、凛は同意するように軽くうなずいた。

「そうよね。初見だったから驚いたけど、あれが宝具だとすると、ガウェイン卿が勝てないって断言する理由はないと思うのよね。視界を通した精神干渉系の術式が組み込まれた、燃焼型結界ってところかしら。ランスロット卿の父親を結果的に殺した逸話の発露かしらね?まあ、勝てない理由にはならないんじゃない」
「ミス・トオサカ。彼の結界にはステータスダウンの効果も付け加えなければなりません。なお、発動者には恩恵と言う形で、効果を発揮していましたが」
「いずれにせよ、その程度では僕のガウェインの敵ではありません。たとえ、もう一人のアーチャーと共にかかってこられようとも、勝利する自信はあります」

凛とラニによって、あの結界の能力が解き明かされていく。
さすが、優勝候補者。一目見ただけで、そこまで解析するとは侮りがたし。
おまけに、2対1でも余裕とか……レオ、なんて恐ろしい子。

だが、それでも実際に戦えばガウェインは勝てないと言った。
ということは、語られていない宝具が、優秀と言うことだろうか?

つまるところ、サーヴァント戦において、勝敗を喫するのは宝具。宝具の開帳時期を見極めることこそが、英霊の戦いの極意ともいえるのだ。
そして、どれほど、実力が劣っていようとも、宝具のいかんによっては十分に勝ちを拾いに行けるのが、サーヴァント戦である。

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