春眠 | ナノ

20

レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイのサーヴァント。
太陽の聖剣を掲げる忠義の騎士。
聖杯戦争の中でも最強と謳われた英霊が、金属音を鈴のように響かせて迷宮に舞い降りる。


「……サー・ガウェイン卿。―――なぜ、あなたほどの騎士が主のもとを離れてこのようなところに?出番はまだ後のはずでしょう。早々に手の内を見せるなんて、正気とは思えません。主の命に従わないつもりなのかしら?」
「いいえ、レディ・キシナミだけでは、あなたのSG奪取は不可能と他でもないレオが判断しました。なればこそ、この私がいるのです」

どこまでも誠実で語り宥めるような、それでいて圧倒的な強制力を持つ声が、空間を支配するように響く。

そう、彼女のSGの反応はおおよそ形になっているのだ。あとは彼女の間合いに入るだけ。だが、一人では捕らえることができない。となれば、もう一人投入するしかないだろう。
と、なると迷宮に足を運べるサーヴァントは2騎。そのうちの1騎であるガウェインを派遣するという結論は道理にかなっていると言えるだろう。


なにより、私のアーチャーとは異なって、虚数海を通ってきていないガウェインは表側から弱体化していないのだ。ここにレオがいないとはいえ、この太陽の騎士と、私のアーチャーを相手に逃げ切れるはずもない。
さあ、観念してSGを渡せ!というか、寄ってたかって女性を押さえつけるなんて、絵面的にまずいことになるから、早く渡してください!!


「そういうことです。私もレディに手荒な真似はしたくありません。観念していただけますね」

王命に準じた忠義の騎士の声が、朗々と迷宮に響く。
その声に、シャノンはすっと瞳を伏せ、諦めたように小さくため息をつき

「……いいえ、その申し出を受けることはできません。断わるというのであれば、強制的にでも出直してきていただきましょう」

あっさりと感情のない声で切って捨てた。
伏せられていた瞳が開かれる。
その気遣いを無に帰すような、冷徹な眸がこちらを見据える。

「って、おいおい、なに余裕気取ってるわけ?2対1とかかなり厳しいんですけど!それともあれか、あんたはここで死んであいつらを閉じ込めるって下らねえ戦法か?なら、俺はあんたを引きずってでも、止めなきゃならんわけだが」
「安心なさいアーチャー。そんな馬鹿げた戦法をとるなら、相手の理性の欠片もが消し飛ぶくらいに、貶めてから前に立っているわ。それに、今回は特別に私も出るんですから」
「いや、あんたが何人付いてたって、あのご立派な騎士様相手じゃ安心できねえよ」
「――――その言葉…あとできちんと撤回していただくわ」

当然のように慌てる緑衣のアーチャーを冷たくあしらい、シャノンはつい、とこちらへ真顔で向き直った。


「ええ、確かにいささか分が悪いわね。2対1…どころか、何しろ太陽の騎士一人で並みのサーヴァント数体分の火力を有しているんですもの」
「では、観念していただけると?」
「まさか。―――――こうするだけよ」

ガウェインの言葉を冷笑と共に一蹴にふす。
なぜだろうか、その姿に、ぞわり、と悪寒が走った。―――後から思えば、それは漏れてきたシャノンの魔力の波を、直感的に感じ取っていたのだろう。

そして、シャノンは裾を払うような優雅さで、すっと世界に命じるように腕を上げて


――――指をぱちりと鳴らした。


『情報検索、完了。最適化……ソース検索―――ソフトダウンロード開始……フィジカル・ロジカル同期 憑依開始します』


瞬間、本来は当人にしか聞こえないはずのシステム音の波が、脳髄を揺さぶった。
ぎしり、と掛け金がずれたような感覚は、錯覚ではない。
あるべき秩序(システム)を、無理やりに上書きされた空間が、元に戻ろうとして迷宮にノイズを走らせているのだ。



『高密度の霊子反応発生、霊子力場が乱されて、モニターが維持できない!白乃、一体なにがおこっているの!?』
『白乃さん、そこに何か現れる気配はありませんか!』

通信を通じて、こちらを案じる悲鳴のような声が、伝わってくるが、言葉を返す余裕などこちらにもない。


目の前で編み上げられた術式は、迷宮の秩序自体を書き換えるそれ。
空間が、これより始まる不条理に不快な軋みを上げる。
背筋に鉛のような重圧を感じる。
緊張で臓腑がねじ切れそうだ。
勘違いでもなんでもなく、これが発動されれば、正気なんて即座に溶かされてしまう――――――!


『これは!?白乃先輩、先輩の前方に位置する対象の霊子構成が、急激に上書きされていきます』


蜃気楼のように歪んでいく世界。
その歪みの向こうに、極上の笑みを浮かべたシャノンが見えた。

「ええ、いいわよね。こんなに大勢でよってたかって攻められたんですもの……手加減をしなくても許してくれるでしょう、白乃さん?」

そう言って、歪められる眼。
これより起こる未来を、暗示させるようなそれに、アーチャーが咄嗟に弓をはなとうとするも、乱された霊子に投影を維持できずに、たたらを踏む。

「――――くっ………!!」

だが、それを読み取ったのか、ガウェインが疾風の速さで駆け寄ろうとして―――

「おっと、そりゃいけねえな」

緑衣のアーチャーの怒涛の様な矢に押しとどめられる。
それは時間にして、ほんの数瞬。
だが、その瞬きの様な時間で、事は為った。


「これは―――いけません。至急ここから脱出を!」

驚愕の色を含んだガウェインの声が響く。
だがそれすらも水の中を伝ってきたように遠い。

そうして瞬きをした瞬間、――――世界が、変わった。

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