春眠 | ナノ

18

「はあ?あの騒音をまき散らす煩い小娘がいいだあ!?おたくの性癖に口出しする気はないが…
いややっぱり正気を疑うわ」

思わず目を見開いて、驚愕の声を上げる緑衣の男に女は楽しげに言葉を続ける。

「ふう、わからない男ね。あの歌にさえ目をつむれば、彼女は申し分ないじゃない。健気でとっても可愛らしくて、見ているだけで心震えるわ」
「いや、あの上っ面だけで殺戮の伯爵夫人の所業を見逃すとか、ありえねー。いや、あんたとは一生分かり合えそうにないね」
「私だって、目の前であんな無意味な行為をされたら見逃しはしません。でも、所詮は過去の所業。あえて咎めるほどのことじゃないわ―――しかも罪から目をそらして必死で鳴くところとか、とっても素敵だと思うの」


などと、これ見よがしシャノンはにため息をついてかぶりを振り、心なしか趣味の悪い笑みで口の端を歪ませてロビンを見つめてくる。が、まったく同意できない。ああいった類の輩を暗殺の対象に含めることはあっても、好意の対象に含めることは絶対にできないことは断言できた。……前々から思っていたことだが、彼女の趣味は想像の彼方にあるようだ。なんというか、顔に似合わず悪趣味である。


「いや、あんたの好みとか全力で興味ないし、つかマジでどこがいいのよ?」
「ん?敢えて言うなら、細腕なのに大きな獲物を振り回しているところとか、スレンダーな体つきとか?あと……槍はいいわね。ここだけの話、槍って結構好きなのよ、私。長物って振り回す姿って、こう……様になるじゃない?」
「へえ、そりゃ弓兵で申し訳ございませんね、っと。しかしまあ、――――――」


言葉を切って、ロビンはシャノンの姿を上から下までまじまじと眺めた。

「あの大平原の様な胸がいいとか……そんなこと、よくまあそのご立派な胸で言えたものだ。あれか、イヤミか?それともそっちの趣味でも――――」
「セクハラ発言、ペナルティとしてHP上限ー500ね」
「なんとぉ!」

先ほどの楽しげな声色から一転、絶対零度の声でブレーカーを落とすようにシャノンは男の発言を遮った。ロビンの脳裏にピローンと言う間抜けな電子音が響く。ちょ、本気でHP上限削りやがったこの女!

どうやら肉体的な特徴について揶揄されるのは、禁句だったらしい。正直、ロビンとしては、もう少しつついてみたいような気もするが、この藪は蛇が、それもかなりの大蛇は潜んでいる予感がする。これ以上罰則を与えられるのも好ましくないので、しぶしぶ口を噤むことにした。

シャノンはそんな男を呆れたように見て、腰に手を当てながら、当然のことを言い聞かせるように

「わからない人ね。だからこそいいんじゃない。人は自分にないところに惹かれる生き物なんですから。それに弓兵が悪いとは言っていないわよ。だってアーチャーのクラスは―――ええ、きっと最強だもの」

そんな、何の打算も欺瞞もない声色で言葉をつづけた。
なんの計算も偽りもなく放たれたそれ。真っ直ぐで、ただ当然のように零された言葉に、思わず呆気にとられた。そんな彼を見て女は小さく笑みをこぼした。それは、思わず目が引きつけられそうなほど、魅力的だった。そんな彼女からあわてて目をそらすように、顔をそむけ、アーチャーは敢えてどうでもよさそうに返答した。

「なら、その期待にちったぁ応えれるよう、ま、頑張りますかね」
「ええ、期待しているわ、アーチャー」



―――とまあ、ここで終わっておけば、良い話で済んだのだろうが、そうは問屋がおろさなかった。


「―――あと、彼女の好感度ポイントは赤いところね。時代は青よりも赤よ。蛮族呼ばわりされる青よりも、情熱の赤よ赤!青はすでにオワコン。ええ、今度こそ青を赤で駆逐して見せるわ。ああ、でも赤黒い弓兵は別。器用貧乏な女癖の悪い優柔不断的レッドとか金的に許しがたいわ。やるならハーレムまで作れっていうのよ、中途半端に硬派を気取るなんて、どこの層に対するアピール?ほんといやらしい。赤系統の風上にも置けないわね。やっぱり赤は、強くて華やかで鮮やかで、なにより派手な人間が纏わなくてはね!!」

立て板に水、怒涛の勢いで並べたてられる萌に対する主義主張(フェチズム)。前言撤回。もうすでにつついてはならない藪を突いてしまっていたらしい。そら恐ろしいほどキラキラとした瞳で、力説される言葉。キャラ設定崩壊甚だしい。月の裏側恐るべし。ああ、マスター、あんたがこっちにこなくってなによりだ。なぜかそんな言葉がロビンの脳裏を奔った。


「いやさぁ、あんたが赤い色に思い入れがあるのは分かったが、青い色になんか恨みでもあんのかよ。つかなに、蛮族って。何時代の人?いや、マジ意味わかんねえ」
「いえ、古来より青は蛮族の色だとされているし、ローマから来た司教が……いえ、これは別にいいんだけれど。青、が苦手な理由―――その、駄目なのよ。本当に何故かしらね、そのカラーリングに昔から勝てないというか……本当にどうしてか弱いのよね、私」

視界の端では、先ほどの勢いはどこへやら。シャノンが急に頬に手を当てて、どうしてかしら、と心底納得がいかないと言ったようにとうんうんと悩んでいる。が、そんなことロビンが知ったことではない。

「いずれにせよ、赤は古来より認められてきた正義の色よ。特に選ばれたものだけがまとうことができる至高の色、ゴールドとの相性も抜群ですしね。ええ、赤と金の組み合わせとか完璧よね。―――そうね、あなたもカラーチェンジしてみたらいかが?テンションあがるわよ。今ならあなたのために専用の改造コードを汲むことも厭わないわ」
「するかよ!どこの2Pキャラだよ、それ。んな派手な色合いで、森にも迷宮にも潜めるかっつーの!ならお前がしろや!!」

そんな至極どうでもよい悩みを弾き飛ばすように胸に手を当てて、全くの善意で彩られた顔でさも良いことを言ったかのように為される提案。だが、断る。よって、全力をもって切って捨てる。

善意で語られたものが、良い結果だけを生むわけではない。この提案を受けたが最後、あの赤男に馬鹿にされる未来が容易に想像できて、それだけでも腹立たしくなる。いや、最後の俺の見せ場だというのに、ブーメラン水着で少女の後ろを走る男。こいつに馬鹿にされるのだけは許しがたい!!!。――――などと、時空とか整合性とかを超越した意味の分からない言葉がロビンの脳裏を走った。

「む、そりゃ私だって着たいけど……赤とか、ものすごくやる気を出さないと似合わないんですもの」

一転、動物の耳がヘタれるさまが幻視できそうなほど、酷く落ち込んだ様子のシャノン。どうやら、これも微妙なコンプレックスらしい。確かに、シャノンが整っているのは事実だが、目を引く派手さというか、華やかさが足りないのもまた事実だった。花で例えるのであれば、薔薇というよりは百合。百合というよりは鈴蘭だ。――――いや、断じて、毒があるからとか、小さいからとかそういうわけではない。

唯一、赤が似合いそうな瞬間ときたら、あのマスターを追い詰めている時くらい。相手を攻めたてている時が1番輝いていたとくるのだから、なかなか因果なものである。ある意味で、あの竜姫と相性がよさそうとも言える。ツッコミ不在と言う意味で。


だがまあ、手に入らなかったもの、自分には決してふさわしくないあり方に焦がれる気持ちは、少しくらいはわかる。
それにこんな風に落ち込んだ様を見ていると、どうも落ち着かなくなってくる。なので、できる限り優しく、そして大雑把に慰めてみる。

「あー、エゲツなげな中身は別として、確かにあんたパッと見、大人しめなキャラだもんな。いや、悪いってわけじゃねーよ。そっちの趣味のやつとか、いくらでもいるだろうからな。だが、まあ…たしかに赤を纏うにゃ華が足りないっつーか、こうインパクトが足りないつーか。えー、――――まあ、諦めて俺みたいに地味な色でも纏っとけって」
「褒めているのか貶しているのかわからない慰め、どうもありがとう―――――――あぁもう……緑、よりによって緑とか、なんて中途半端…………本当に現実って厳しいものね」

余計に身を縮めて落ち込んでしまった。
まったく、あいつ(BB)といい、こいつといい、女は本当に面倒くさい生き物だろうか、とロビンは肩を落とすしかなかった。

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