春眠 | ナノ

17

★SIDE:アーチャー(緑)

迷宮は無粋な侵入者を退けて、静寂と静謐さを取り戻した。回廊はより息苦しいまでに密度ある純白へと染まっていく。
その中で、シャノンはイライラと歩き回り、実に不機嫌そうな様で迷宮をより強固なものへと作り変えるべくアーチャーに激を飛ばした。

「いい、アーチャー。今度こそ相手を確実に仕留められるよう、手を尽くしなさい」

迷宮の主の声が、しじまを裂く様に響き渡る。もっとも、僅かな喧騒もすぐにこの迷宮に吸収されるのだが。
その消えゆく声を酷く億劫気に、緑衣のアーチャーは拾い上げる。

「いやこれ、そっちの命令でこの罠いったん外したんですけど。つか、なに無茶言ってんの、アンタ」

その当然の反論に女は眉をわずかに釣り上げて苛立たし気に腕をたたいている。アーチャーから見て、最初会った時には事務的な口調で迷宮に罠を仕掛けるよう命じるだけだったシャノンが、双子の片割れのお嬢さん―――白乃が来てからいっそう感情的になったように見える。いや、客観的な事実からしてそうなっている。

そう、それはまるで、誰かを意識している少女が、思う様にならなかった感情を持て余しているようで、見ているアーチャーからすると、鬱陶しさ半分、事務的な無感情2割。だがまあ、少しほほえましいものがあったのも事実であった。

「……ま、はたから見ている分には面白いんだがね」
「あら、何か言った?」
「いーえ、なにも!―――ったく、命令に従ったサーヴァントにこの態度。男嫌いにもほどがあるだろう」

思う様にならない苛立ちを、発散させるかのように語気を荒げるシャノン。
しかし、アーチャーが月の表側で見た彼女は、こうも感情をあらわにする性質には見えなかったのだが……まったく人は分からないものである。これが、彼女の本性か――――はたまた、誰かの感情に引きずられているのか。その真偽は探らぬ限り、闇の中である。
呆れたように肩を落として、呟かれた悪態に娘は、不本意だと言わんばかりにむっと眉をひそめた。

「……別に男嫌いと言うわけではないわ。ただ、向こう見ずで軟弱な馬鹿が嫌いなだけよ」
「はあ、なるほどなるほど。つまり、屈強な男がいいってわけね。いやあ、あんたの好みに沿ってなくて、申し訳ないですねっと」

確かに緑衣のアーチャーは鍛え上げられているとはいえ、たとえばバーサーカーのような筋肉ダルマと比較すれば細身ではある。万人から見てより逞しいと言える肉体をしているわけではない。が、曲りなりともその身はサーヴァント。人の身ながら英霊にまで至ったその実力は、折り紙つきである。勿論、それをシャノンが知らないわけがない。

つまりアーチャーは見目に似合わず妙に気の強くて、いじり甲斐のある今回の上司を揶揄しているのである。つまりは暇つぶしだ。だが、そんな彼の思惑を知ってか知らずか、シャノンは眉を軽くあげて答えた。


「ん?いいえ。私、筋肉ダルマは嫌いよ。ただ聞き分けのいい丈夫な男が好きなだけ」
「……前から思ってたが、なんでそこまで丈夫さ求めんだよ。いや、あんたの趣味に文句つけるつもりはねーけど」

目をぱちくりさせて、首をかしげながらシャノンはアーチャーを不思議そうに見てくる。
どうやら、思いがけない解答だったのか、思わずと言った風に見せたきょとんとしたその顔。本体であれば、この程度のことで隙を見せないのだろうが、ここにいるのはその分身。うっかりと落としてしまった仮面の下からのぞいた顔は、先刻見せた魔的な表情とは全く異なって、思ったよりもあどけないものだ。見たところ、これがシャノンの素の顔らしい。


アーチャーとしても、彼女の趣味趣向に興味があるわけでは全くないが、彼女が何をシールドの裏に隠して衛士になったのかは多少なりとも興味がある。SGを奪われることは役目上許されないが、この気位が高そうな女が、その取り繕った顔の下に何を隠しているのか。それを暴くことにはなかなかに心惹かれることだった。

他人の秘密を垣間見るのは、下世話と分かっていても面白いモノ。それが、このような隙のない女であれば尚のこと。ここで一般的な騎士であれば、つつましやかに目を伏せる事であろうが、育ちがいいわけではないと、自覚しているアーチャーは容赦なく盗み見することにした。まあ、この程度の報酬はあってもいいだろうというのが、アーチャーの結論であった。問題があるとすれば――――


「だって、そうじゃないと長く持たないんですもの」
「…………はぁ?」
「全くなんでかしら。私と付き合った男ってすぐ死んでしまうのよね」

その返答が、予想をはるかに超えたものだったということである。

「はああ!つか、おまえ、男に何したんだよ!ムカつくからって、崖から突き落としでもしたのかよ!?」
「なっ!そんな意味もない非道するわけないでしょう!!…ただ、その、個人的に求める伴侶には私にはできないことが出来るような人を求めたいじゃない?で、私にできないことを出来たら、あなたの女になります……って、言ったら―――――ね?」

薄い肩をすくめながら小首を傾げて同意を求めてくる乙女は、並みの男であれば愛らしいと評すであろう目もくらむほどの可憐さ。
その口からこぼされた言葉が、オブラートに包まれた処刑宣告でなければ、の話だが。

「ね、じゃねーよ。あー、なるほど。相手が勝手に地獄に落ちてったってか?いや、酷いね。その男がじゃなくて、あんたが。分かっていて、死地に送り出すとかどんだけ、って感じだな。いや、俺も気を付けないと」

おそらく、彼女が人並み以上に器用だったことが裏目に出たのであろう。その彼女が為し得ないことと言ったら、性差が齎す肉体的な面でのそれに他ならないことは理解できる。理解はきるが、納得できるかと言ったら疑問である。

なるほど、最初のSGは、異性に怯える少女の機微ではなく、定めたボーダーライン以下の男を奈落に叩き落す悪鬼の所業を意味していたのか。乙女の恥じらいを具現化した愛らしいものを想定していたら、この有様。さながら歩くアリジゴク。パンドラの箱に残った希望とは、絶望の異名でもあっただ。ああ、こんな秘密なら、正直知りたくはなかった、とアーチャーは思った。

「ちょっ、わ、私が求めたわけじゃないわ。私だって、見込みの全くない人にそんなことを求めないもの」

挙句のこの有様。この黙って静かに微笑んでいれば、儚げな佳人にも見えるような気がする(アーチャーにはもう、花は花でも食虫植物系のそれにしか見えなかったが)彼女に、そのような事を言われては、今まで女たちに蔑にされたことのなかったであろう男たちが滾らないわけがない。高貴な麗人の言葉に奮い立った男は、恐らくは、物語に焦がれた騎士(愚か者)のように、死地に向かい――――そして、案の定死んだのだろう。


だがまあ、最低限己の達の悪さを自覚しているだけありがたいというものだ。死亡フラグを振りまきながら、何食わぬ顔で歩かれるよりは、仮面を何重にも被って高嶺の花でも気取って最初から跳ね除ける方が、世のため人のため。よほど、人道的と言うものだろうから。ああ、だからこそのあの振る舞い。こうして、彼女は最初から不用意に男を近づけなかったのか。


などと、アーチャーが白けた目でシャノンを見つめると、言いわけするようにあわてて言いつのる。

「だから丈夫な人がいいって言っているのよ!それに、あなたはその点弁えているもの。特に文句はない………んだけど、……あ〜ぁ」

と、いきなり肩を落として落胆するシャノン。
それに、何故かわからないが無性に腹が立ち、アーチャーはシャノンを睨んだ。


「あ?なんだよ。俺の能力に文句があるなら選んだBBに言ってくれや」
「その、別に文句と言うほどじゃないけれど…あの竜の娘の方が良かったなあ、って思ってね」


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