二度目の訪問は何故か異様な感じがした。ああ、そうかと、昼の自分を思い出しては苦笑し、あの時は血が昇って余裕がなかったのかと改めて思った。部屋をゆっくり見渡してみて気付いたことは、多分斗南さんは必要最低限以上の私物は置かないということだ。年頃の女性にしては可愛らしいものもなければ家具もモノトーンで揃えられているのでカラフルとは無縁らしい。

 部屋を一通り観察していると部屋の片隅で携帯を片手に斗南さんが悪戦苦闘を強いられている。

――「あぁ?だから祈に怪我はねぇって毟ろあれだ、相手が殺されそうになったんだって。うん、そうだよっ」


 帰るなり早々、帰りが遅い私に心配したのか玲から着信が入っていた。かけ直し口を滑らせてしまったのが悪かったのだろう、いきなり怒鳴られ怒られたのだ。あたしの親友は本当に過保護すぎて笑えない。修習が付かなくなってきたのでベッドに寝転ぶ斗南さんにバトンタッチしてから既に十分。今だに口煩い玲に相当きてるようで斗南さんも段々言葉遣いが乱暴になってきていた。


「あぁっ、もううるせー!明日お前ン家行くからそこで愚痴を言えよ。ぢゃぁな、あばよ。もうかけてくんなっ」

 ――ガチャンッと乱暴に携帯を二つに折り、ぽいっとあたしの方へ投げた。慌てて手を出し見事キャッチ。本当乱暴過ぎるのがたまに傷だと思う。


「酷い言われようね」
「あぁ?」
「殺そうだなんてしてないわよ」
「あの時あいつらは三途の川が見えたよ、きっと」

 本当嫌になっちゃう。そんなあたなより乱暴ではないはずよ、と呟くがスルーされた。わたしは気にせず隅にあった救急箱らしきモノを見付けて引っ張り出し中を拝借。(うん、大体は揃ってるわね)絆創膏もあるし消毒液もある、湿布薬もあるし包帯もある。一人暮らしにこの常備さは異常だ。この人どれだけ怪我をしているのだろうか、と心配になり見ていると言いたいことを理解したのか斗南さんは「そりゃ、親が持ってきたんだと」言った。


「でも怪我はしてるんでしょ?」
「まぁ、タショーわな」

 不服そうに口を尖らせると困ったように眉を下げた。

「治療するからここに座って」

 何かを言おうと口を開くがわたしの無言の笑みに諦めたのか何も言わずにベッドに腰をかけた。あー、また傷が増えちゃった。まじまじと見るが血が滲んでいて見てるこっちまで痛くなってくる。

「染みるわよ」
「ン、」

 コットンに消毒液を付け、出来るだけ優しく傷に押し当てていくと斗南さんは傷に染みたらしく顔をしかめた。声も出さないし歪みもしない、しかめただけなのだ。あー、この人強いなぁっと感心しながら治療を勧める。

「本当にごめんなさい」
「いいって、済んだことだ」

 頬に指を滑らしながら言うと斗南さんは優しく笑った。擽ったいのか時折、目を細めてやっぱり顔をしかめる。額の傷は絆創膏を貼ったが目元と口元は流石に貼れない。一番痛そうな目元の傷をまじまじと見ていると一瞬斗南さんはたじろぐように目線を背けて赤くなった。

「祈、……近い」

 そこでやっと気付いた。斗南さんとわたしの顔は鼻と鼻が触れそうなほど近いことに。しかし、わたしは動かなかった。斗南さんの瞳が焦燥に揺れている。そわそわとする肩は落ち着きがなかったけれど、そんなことより力強い瞳に魅入られたようで吸い込まれていくような錯覚がした。眩暈がする。片手を傷付いた白い頬にやんわりと当て、ゆっくりその目元の傷口に唇を当てた。

「――…!!」

 びくり、と肩が跳ねる。唇を離すと端正な輪郭に似合わぬほど眉が切なげに歪められていた。それがどうしうもなくわたしの中の熱を駆り立てていくから、しかたない。今度は堪らなく赤い舌をちらつかせて傷口に滑らせた。

「――っ」

 今度は染みたのだろう。舌の動きに合わせて声を漏らした。いつの間にかのけ反るように背を反らす斗南さんの上に跨がるような態勢になっていたようで、斗南さんの背がベッドの側近にある壁にトンッとぶつかった。

「斗南さん、」

 熱の篭る声が耳に残る。誰の声?そんなことを聞きたくなるほどにいやらしくて妖艶だった。ふと、何かを決意したかのように斗南さんの瞳が強く光る。次の瞬間女性にしては逞しい腕に抱きしめられていた。

「、…好きだ」

 そっと耳元で呟かれた声はやっぱ大好きなハスキー声。若干掠れたようなそんな甘い響きに背筋を撫でられたような電流が流れた。顔を見ると真面目で真顔。こんな時は斗南さんは冗談なんて言わない。いや、多分言えない。

「アンタが、…好きだ、」

 必死に繋ぐ言葉がじんっとわたしを侵食していく。スッと切れ長の目が細められ薄く開く唇が近付く。ドキン、ドキン、と心音が脳をノックしてこじ開けられた。――かっこよすぎる。綺麗過ぎる。わたしはゆっくり目を閉じた。すぐに感じた温もりは自身の唇。どうしようもなく柔らかいその感触に欲情していく。もっと、と性急な圧迫感を強いられて堪らず唇をスッと開けると遠慮なしにヌルッとしたものが口内を攻め立てた。

 感触を確かめるように舌と舌が絡まり、突かれた。歯列を執拗になぞり、ぐるっと大きく口内を舐められたかと思えば丹念に舌を舐められた。丁寧で慈しむように愛撫されたわたしの口からは、時折甘い声が漏れ、斗南さんの腕は強いぐらいにわたしを抱きしめていく。

 甘い、甘い。口づけ。ゆっくり離すと名残惜しそうに銀の糸が伸び、プツンと切れた。飲み込めなかった唾液が顎を伝い、零れ落ちそうになったところを、それさえも逃さぬかのように斗南さんは舐め上げた。ただそんな小さな行為にも一々ゾクゾクと身体は燻られ逃げ場のない熱が滞っていく。

「わたしも、わたしも斗南さんが好き」

 泣きそうになった。泣いていいですか?その答えは返ってこなかった。その変わり斗南さんの舌が目元をなぞり上げている。それが引き金になったのかもしれない。愛しくて、どうしようもなくて、ボロボロと零れ落ちる涙は崩壊したダムのようだ。はたまた台風のように洪水注意報が鳴り響いている。

 そうだ、わたしはその背中に全てを見たのだ。その背を抱きしめて、振り向かせたいと思ったのだ。自分のものにして一生閉じ込めたいと思ってしまったんだ。


「あなたが、――…欲しく堪らない、…」


 嗚咽に混じって震える唇が言葉を繋ぐ。宥めるように優しく手が背中を撫で、顔を胸に押し当てられた。



「全部やるよ、だからアンタのもくれ」



 とめどなく流れる涙はあなたのためのものです。涙で霞んだその先にはわたしが望む全てがあったから泣きながら微笑んだ。








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