陽の光が窓を通り越し部屋を照らす。静かな朝であればどんなに良い日になっただろうかと、紅愛は思う。棚に置かれた目覚まし時計の短針は九を指していた。起床してから小一時間、至る所で物騒な音が鳴り響いている事に紅愛は気付いていたがあえて部屋から出ることをしなかった。

どうせまたくだらない事だろう、春休み早々煩いものだ。呆れる。
喧騒の渦中にいるのは何時もの剣待生達に違いない。毎度毎度、良く巻き込まれるものだ。あるいわ本人が竜巻になっているか、どちらに為よ、放っておいてもいいだろう。寧ろ巻き込まれたくない気持ちの方が勝っているからこそ、茂みに隠れるべくこうして何もないような日常を無理矢理にでも出来あがらせている。



紅愛は汗をかいた缶ジュースを手に取った。先程、冷蔵庫から取ったばかりの冷えた缶ジュースだった。口に付ければ、カラカラの喉にほんのり甘いさっぱりした液体が流れ込むが、一つ、けたたましい轟音が鳴り、流し込んだばかりの液体を勢いよく噴射した。


「な、なにっ!?!?」

突然の事に身を構える。遠くで感じていた地鳴りは直ぐ隣の部屋からのもの。隣人はつい最近まで白服だった斗南柊だと認識していた。部屋の明け渡しはまだだった筈。しかし、なぜ?と紅愛は考えたが事態が分からぬ今、現状把握が先だと判断した。そして、流石に見過ごせない。紅愛は缶ジュースを置き、立ち上がる。直ぐにドアノブに手を伸ばすが、次は外観からバサバサと葉が綻び、ドサッと何かが落ちた音がした。紅愛は振り返り考えぬまま窓へと走る。

確かな落下音。

鍵を開け、身を乗り出す。見れば葉が散り散りになり、その木の幹に二人の人物が居た。

一人は、斗南柊。もう一人は、祈紗枝。

柊の腹の上に紗枝が乗っており、柊はぐったりと木の幹に身体を預けている。

「なにしてんの…あの二人」

紅愛は椅子の背に掛けてある上着を掴み取り部屋を後にした。







**




「で、なんか用ですか?」

真っ暗闇の中テレビを凝視したまま、彼女ーー無道綾那は淡々と問いた。
仄暗い部屋に光るテレビの灯りに目を細め、わたしはすぐ様脇に抱えていたチビを片手に持ち直し突き付けた。
「コイツを届けにきた」
「いりません」
即答。見ようともしなかった。
正常とは思えない神経と乱雑さにはもう驚かないが、挨拶ぐらいしてもいいとさえ思う。一応は歳上だ。(会釈をした事には驚いたけれど。

ぐるっと軽く見渡した結果、同室の久我の姿は無かった。気にしているつもりはなかったが、無道は何かを察して呟く。
「順なら邪魔なんで追い出しましたよ」
見てるわけでもないのに、良く感じられる奴だと渋る。追い出したは間違いなく語弊だろう。大概、同室の異質過ぎた趣味に睡眠を妨げられ逃げ出したに違いない。ならば、久我は外か寮内、と。わたしは別段、返答はしないまま顔を顰めた。

無道は異変に気付いていないようだった。
寧ろ、何時間テレビに向き合っているのか、寧ろ睡眠を取ってないのではないのか。意識は外界に向きそうにもない。そう思えるぐらい遮断している。そして斜めから角度でもクマが目立ち、目も血走っている。
普段よりも数倍以上威圧的な雰囲気を醸し出していた。
怖いと表したほうがいいんだろうが、マイナスに逸脱し過ぎて呆れる。

わたしは鬱陶しい重みを手離した。瞬間、ぐえっと蛙が鳴いたような声が下から聞こえたがわたし同様に見向きもしなかった。
「じゃぁ、置いとくからな」
半ば言い逃げようと踵を返した所で無道が静止を掛けた。
「待ってください」
身体を横に捻り僅かに顔を傾けて次を待つ。

「コイツは一万歩譲ってここに置いといてもいいんですけど、あれは困ります」

冷静な声に冷や汗が溢れた。勢いよく振り向いた先、開けっ放しになっていたそこに機械紛いの大男が立っていた。気配は無かったのに。気付けばそこに居るそいつは出口を陣取っている。

振り上げた腕と同時にチビを拾い直す。右脚に力を込めて一足飛び、チビをメガネに投げた。

「ぶっ」
「あうちっ」

穴が空いた。その場所をまじまじと見つめて焦る。(パワー上がってねぇか?これ。)

「ちょっと、いきなり投げるとか止めてくださいよっ!」
「この状況を把握しろっ!ってか好い加減ゲームやめろっ!!」

「あー、もうっ!いいとこなのに」
ぶつぶつと小言を言いながら無道はいそいそと立ち上がり、チビを押しれに突っ込んだ。

「で?なんですか、この木偶の坊。リアルゲームはしてるつもりないんですけど」

無道はちゃっかりセーブをして電源を切った。大男は狭い部屋に居心地が悪そうに手当たり次第に腕をぶん回している。
「おい、木刀あるか?」
「はい」
目線は外さぬまま、受け取った。丸みを感じない歪な感触にそれを大男に投げつけた。
「孫の手じゃねーかっ!!!そんなんで戦えるかっ!」
「ジョークです」
「そんなん言ってる暇ねぇっ!」

思わず、目線を外し無道に罵声を轟かせる。無道は至って冷静に口を開き、指を差す。


「でも、効果はあったみたいですよ?」

ハッとして差す方へ再度、向き直す。
投げた孫の手が大男の目元に突き刺さっていた。
「機械って言っても急所は弱いんじゃないですか?」
無道は立て掛けてある木刀を二つ持って、一つはポイッと軽く投げた。それを感じ取り受け取る。

「これ、高く付きますよ?」
「あぁ、なんでも奢ってやるよ」

苦渋にも笑みを浮かべた。無道が動く。それを合図に威勢良く地を蹴り、大男に切っ先を振りかざした。








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