ここにも一人、起きている者がいた。

 今朝から何やら騒がしい、と気付いたのは帯刀であった。まだ起きて間もないというのに滑り込みで部屋に入ってくる帯刀に一つ、蹴りを食らわせ慌てる彼女にまず落ち着けと促すが、距離が少し開いただけでなんの状況も変わらなかった。

「たたたたたいへんです、ひつぎ様」
「ちょっと見ていて醜いわ。その慌てようどうにかならないかしら」
「そんなこと言ってる場合ぢゃ…」

 慌てる帯刀を置いてまだパジャマ姿のひつぎは暢気に熱い紅茶が飲みたいと訴えると、意識外で帯刀の身体が瞬時に動き出した。律儀に言われたことを実行している帯刀ひつぎ用に訓練された犬のようではあるが、話しの根源に全く行き着かない。

 紅茶が入るカップを渡しながら「ひつぎ様っ」と何かを言いかけた時、また慌ただしくドアを開けた主に遮られた。


「会長っ、侵入者です!!」
「静久ぅぅうー!?」


 静久は帯刀が設置した監視カメラの映像を操作にスクリーン一杯に映し出そうとしているがなんせ機械には疎い静久は慣れない操作に手こずり余計に焦る。がそんな静久を尻目に清々しくひつぎは――あら、おはよう。と微笑みかけた。

「あ、おはようございます」

 ここにも律儀に返答する者が一人。まだ映し出されていない映像に痺れを切らした帯刀は――ちょっと、貸しなさいよと静久の手からリモコンを奪い取るとものの数秒でスクリーンに映し出した。――流石、帯刀。伊達に毎日ひつぎの我が儘に付き合わされていない。

 モニターに映し出された映像には廊下をさ迷う黒いスーツ姿の男が一名、寮の外をさ迷う男が一人、そして少し離れた学校の屋上でただ立っている男が一人である。

「そうね。朝っぱらから過激な人達ね。あれかしら、属に言う黒装飾団ね。どこから入ったのかしら?」
「違うと思いますけど、…」

 無人の廊下や外をバタバタと走る男達を紅茶を飲みながら淡泊に見遣るひつぎがどうも適当さ持ち合わせているせいで静久も帯刀もズルッと肩を落とした。

「静久、寮内の在校生徒は?」
「はい。一般生徒二十二名、剣待生四十八名です」
「一般生徒に手出しされるのは困りますが剣待生なら何も問題ないでしょう」
「…ありますよ」

 それで終わりと言いそうなひつぎに待ったをかける静久だが見事にスルーされる。が

「何やら、先程祈さんが追い掛けられてた模様で…」

 次の静久の言葉に本日初めて興味ありげに反応を見せたひつぎは何かを思案するように手を口元に当て俯いた。そして物凄く真顔、否…真面目な顔して

「神門さんのファンの者ね」
「それも違うと思います」

 検討違いなことを言い出すのだ。言うなればひつぎにとって侵入者など取るに足らないことなのだと、そう思い知らされてならない。

「けれども、ここはわたしくしの学園。言わば家であり庭。そして愛すべき生徒がいる以上見知らぬこそ泥に検索されるのは言い気分ではないわ。静久直ちに抹消を…。」
「は、はい」

 ――抹消だなんて、そんな物騒なぁと少しうろたえる静久を余所に平然と死刑宣告をするひつぎは至って紅茶を啜っている。幸い春休み中は先生もまた休暇中であり結局は実家に帰らぬ者だけの少人数が寮に残るだけで、もし何かあったとしても一大事にはならないはずと見込んだ静久は多少手荒になってもと納得させて剣を腰にさした。


――会長の学園に仇なす者はみじん切り。

 静久もひつぎに負けないほど物騒な思考な持ち主と言うことだ。




***




 ――コンコン。っと遠慮がちにドアを叩く音が響く。眠り付く二人には全く聞こえず無反応を継続させているとやがてそれは――ドン、ドンと殴ったような蹴り破ろうとしてるようなそんな乱暴な音に変わる。流石にこれは起きる。ゆるゆると意識が浮上したアタシは眠たげに目を擦り時計を見た。

「まだ9時じゃねーか…」

 昼まで寝ると決め付け眠ったにも関わらず安眠はけたたましいノック音?否、破壊音により強制終了された。今だにボコスカ板一枚挟んで格闘している(誰だかわからないが)奴を心底怨んだ。というか…
――ムカつく。

 シド、か?と一瞬刃友を思い浮かべるが生憎あいつは子守で忙しい。昨日の終了式と同時に実家に帰っていったはずだ。ならば誰が?自分の友人に煩い奴、礼儀知らずの奴は刃友だけのはずだ。

 考えるに考えて――まぁ、どうでもいい。という結論に至る。ふぁっと欠伸を噛み締めふと視線を下にずらすと規則正しい寝息が聞こえる。胸元に擦り寄っていた祈はまだネバーランドに滞在中らしい。起きる気配は全くなかった。こんな煩いのに良く寝れていると逆に尊敬するほどだが、スルッと布団から出てドアのぶに手を掛けた時――「斗南さん…」と眠たげな声が聞こえて振り返った。

「どうしたの?」
「いや、なんかオキャクさん?」

 言うや否や丁度良くドンドン、とドアを叩く音が鳴り響いた。――ほら、っとドアのぶを回すと同時に祈は我に返り慌てて布団を剥ぎ取った。

「斗南さんっ、――…ダメッ」


 ――「あ?」っと間抜けにもドアが少し開いたところで身体が止まる。――「祈、ど――…っ」
どうした?と問うつもりが突然目の前から風が吹き圧迫感と衝撃が襲い途切れた。

「斗南さんっ」

 背中から打ち付けたせいか一瞬息が詰まった。何が起こったかわからずに痛みに目を細めて状況把握しているとさっきまであったドアは無く、その変わりがたいのいい黒スーツの男が立っていた。ああ、なるほど。あたしはドアごと吹き飛ばされたというわけだ。

「斗南さんっ、大丈夫?」
「あー。ダイジョーブダイジョーブ」

 よこらせっと身体を起こし打ち付けた背を摩った。なんか顔面も痛いんだけど本当に朝から何してくれちゃってんのこいつ。

「祈のカレシ?」
「なわけないじゃない」

 あー、そりゃどうもすいません。本当に睨まれたのでからかうのは止めた。それよりと、二時間前の慌てた祈を思い出し状況を思い出しなんとなく理解した。

「こいつらか、追撃者は」
「――ええ。中々しつこくて嫌になるわ」
「えーっと、こいつはニンゲン?」

 思わず突拍子もないことを聞いてしまった。いえ、インゲンです。なんてギャグもいらない。いや、そう言わざる負えない。あからさまに現実逃避したくなるほどに人間離れし過ぎている。何故なら男はニメートルもある大男で、片腕は鋭利な刃物が装着されており、サングラスで目元は伺えないがあまりにも顔色が人間のものとは異なっている。はっきり言おう。こいつが人間だったらアタシは天地の人間が可愛く思えるわ。

「えっと、…言いにくいんだけどね」
「なんだよ」
「あれロボットなのよ」
「ハァ?」

ロボット?ロボットってロボット?

「そうロボット」
「……」

 やべぇ、目元が痛くなってきた。そうか幻影か。なるほどこれは夢だ。まだネバーランドだ。だからこうしてシドに似たことを考えてしまうのも頷ける。

「祈」
「なにかしら」
「そろそろ起きよーぜ」
「ええ、夢ならどんなにいいかしらね」

 ――ロボットかぁ。どうせなら猫型ロボットが良かったなぁ。そう冷静に解釈してしまう辺りもう末期だ。

「玲一さんが造り出した玲撃退用ロボット。兼あたし誘拐用ロボット」
「あー、なんか色々ツッコミところ満載だけど全部スルーしとくわ」


――と、それより。

 一歩踏み出す男を睨んだ。

「あちらのオキャクさんは待ってくれないみたいだぜ」
「そのようね」

 じりじりと追いやられ後ろに後ずさる。一応は宮本ほどとは言えないが体術も心得ているけれど、剣もなし、敵は一人でもロボット。そしてこの狭い部屋がフィールドとなると中々厄介である。

 祈を一瞥した後小さく舌打ちを漏らした。

「祈、ここはずらかるぞ」
「へ?」

 有無を言わさず祈を持ち上げた。祈は突然の浮遊感に呆気に取られ抗うことも忘れて唖然としている。がそれもつかの間視界が動き不意をつかれた祈の顔ときたら珍しい。(あーぁ、そんな顔して…)面白がりながらも苦笑した。

 祈を胸元で抱き抱え、背中から窓を突き破る。

「さいなら、オジョーサンは貰っていくぜ」

 落ち際に不適に笑ってみせた。まぁ、まずロボットだから何もわからないだろうけれど、取り合えず出られたからいいとする。が、自分の部屋は確か三階である。そんでもって確か下は大きな木があったはず。

(空が青い)

 揺れる祈の髪も良く生えた。若干慌てる祈は力強くあたしの首を絞めている。しがみつくとかそんなレベルでは納まりきれないほどの馬鹿力に苦しくなるが安心させようと背を撫でて頭を抱え込んだ。

――つぎの瞬間、


バサバサ、バキッ。

「きゃっ」
「――くっ」

 案の定大きな木に到達。また背中から落ちたあたしは、もう嫌だと溜息をついた。草と木がクッションになってくれたおかげで大怪我は免れ掠り傷程度に終わったようだ。

 ズルッとずれさがり木の幹にもたれかかるあたしの腹の上には祈が心配そうな顔をしていた。

「斗南さんっ」
「あー、ダイジョーブダイジョーブ」

 そうそう、ダイジョーブですよオジョーサン。取り合えず少し休ませてもらいます。

 事態にも関わらず雲一つない空をただ睨んだ。














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