学校がないとないで退屈過ぎるのが悩み所だった。実家に帰るか、と思うが冬休みに実の兄がやたら忙しく駆けずり回っていたのを思い出して止めた。そういえば去年の春休みは彼女が事故ったと泣きながら駆け込んできて追い追いバイトをさせられた覚えがある。結局は何かしら手伝わされるのがオチというわけだし、それに冬休みに一度帰宅したのだからそんな頻繁に顔を出さなくてもいいだろう、と冷たい思考が働きながら寝ぼけ半分の重い身体を起こした。









 手放したくない温い布団からそよそよと這い出て瓶から黒茶の粉末をマグカップに入れた。横にあったポットを掴んで傾けると熱いお湯が湯気とともに出て、自身の口元から出る寒い時特有の白い息と混じる。――寒いっ、とスプーンで掻き混ぜそのままカップに口づけると苦い珈琲が口内に広がり喉を追加していく。ふぅ、と息を吐くとさっきよりも色濃い白い息が出た。

(あー、ねみぃ…)


 静かな朝だった。冷めた部屋だが窓から照らす日の光りに今日も晴れかと安堵するようなそんな穏やかな朝だった。いきなり自室のドアが開けられる前までは。

 バタンと開いたドアをまたバタンと閉めて、ドアの板に張り付く女は顔を固まらせて息を殺す。思わず驚いて持っていたマグカップを落としそうになったがどうにかそれは免れた。っというより昨夜ドアの鍵を掛けずに寝てしまったらしい。あー、無用心すぎた。

 目と目が合って、嵐のごとくこの平穏な朝を壊しにきた彼女は微笑み手を振った。

「アノー、どういったご用件で?」

 思わず敬語になるほど混乱していたらしい、アタシには構わず彼女はポニーテールを揺らし頑なに顔を左右に振っては人差し指を口元に持っていった。

――黙れ、と?

 オイオイ、いい加減してくれよ。と言いたいところだが流石にわけ有りのようなので暫くだんまりしているとすぐ様遠くで足音が響き、この部屋付近で一回止まる。そして少し立つと物凄い勢いで通り過ぎて行った。

「ふぅー、行ったわね…」
「行ったわね、じゃねーよ」

 なんなんだ、いきなり。とマグカップを机に起きながら尋ねると同じ白服の祈は苦笑を浮かべ足を踏み出した。

「ちょっとね、追われてたの」
「だからってなんでココ?」
「咄嗟だったのよ。近くまで来て斗南さんなら起きてると思って」

 そうだな。春休み一日目でまず朝の6時に起床する奴はトレーニング馬鹿のあんたの刃友ぐらいだろうよ。嫌味は言わずにそっとしまい顔を傾ければちゃっかり、あたしの隣に並んで立った祈は机にある飲みかけの珈琲を一口飲んだ。

「それ、アタシの」
「苦いわ」
「飲んどいて文句かよ…」

 ――はぁ、と溜息が零れた。やっぱり息は白くて、急に身震いが襲う。呆気に取られて寒いことを忘れていた。

「で、どーすんの?」
「まだここにいていい?」
「あー、まぁそうなるな。どーぞ、オジョーサマ」

 そう言ってもう一つマグカップを手に取った。それは以前シドが――なんで、ナンシーの部屋に俺の私物がないんだぁー、と無理矢理置いていったもので趣味の悪い髑髏のペイントがカップ全体に書かれている。――それ、斗南さんのセンス?と真顔で言われたので額にデコピンを食らわせてやった。

「……痛い」
「こりゃぁ、シドが無理矢理置いていったものだ」

 言うと祈は額を擦りながら納得したように――ああ、と呟き次いで言葉繋ぐ。

「なんだ、てっきり斗南さんもそっちの趣向だと」
「ちげぇ」

 止めてくれ、と含んだ言葉は笑われた。気を悪くはしないものの面白くわないので綺麗さっぱりとスルーしてもう一つ同じ物を作って手渡すと祈は一言ありがとう、と手に取り飲みはじてやっぱり――苦いと文句を告げる。なら飲むなっ!!叫べば笑われ、行き場を無くしては低音を響かせた。

「こっちのが温まるだろ」

 若干冷めた物より、やっぱり出来立ての熱い物の方が身体は温まる。結局極論から言うとこの部屋がこんなにも寒いのが悪いのだけれど、祈の部屋もそうなのかとと聞くと――こんなもんよ、とばっさり切られた。なんだ、良かった。自分だけなら虐めと思うところだ。

「座れよ」

 ずっと立ちっぱというのも一応はお客さんに失礼だろうと思いベッドに座るよう促した。案外すんなり動いてくれたところを見るとやっぱり寒かったようで、まだ温もりが残る布団を肩から掛けると身を縮めみるみる背中が丸まっていく。最初は立って話していたものの長時間は流石に疲れる。自分はひんやりと冷たいタイルに腰を下ろすと何やら祈は困ったように眉を下げた。

「寒くない?」
「んー、若干…かな。そこまででもねーょ」

 それより祈のほうが冷たかった。寒くないようにと布団を肩から掛けてあげる時、不可抗力で触れた指から伝わる冷たさに――氷、か。と意味不明なことを思ったぐらいだった。この部屋は寒いが多分廊下はもっと寒いに違いない。そこで事の根源に触れた。――というより誰から逃げていたのかと。こんな早朝から鬼ごっことは元気溌剌ですね、オジョーサマなんて軽口で言うと綺麗な作り笑顔で流された。

 良く他人にポーカーフェイスと言われるけど祈もそれに該当する。自分とは異なるが列記とした、騙し顔。アタシが無表情で何一つ顔色を変えないとすれば祈は笑顔を貼り付けて何も感情を読ませないといったところだろう。だからわかる。――触れるな、ってことだろ。面倒事は嫌いだ。それに加え敵は作りたくわない。黙視するのが最善策と言える。

「斗南さんは帰らないの?」

 ん?と考えて、――ああっと意図する意味に気付いて――「帰らない」と返答を帰した。間髪入れずになんで?と聞かれて、一から十まで答えるのも億劫になったため一言面倒だからと返せばそっかと興味なさ気に呟いた。――祈は?と出掛けた言葉を飲み込んでただ沈黙が流れる。踏み込んで欲しくない領域があることぐらい知っている。そう、そういうことだ。

「斗南さんってさぁ、」
「あ?」
「なんか冷静の物事を判断していそうね」

 ――アンタに言われたくもないけれど。

「…そうでもねーょ」
「んーん、なんとなくだけど分かるわ」
「…さいですか」

 何が言いたいのかわからなかった。まぁ、浅はかとは言い難い。きっと単純よりも複雑だと自分でも思う所はあるけど結局祈が何をアタシに言いたいのかわからないから黙り込むしかなかった。

「あー、単純で正直っていいなぁ」
「シドみたいにか?」
「んー、それはなんか嫌ね」
「なら宮本とか」
「あー、それもパス」
「なんだ、アンタ我が儘だなぁ」

 ふふ、と部屋に流れる笑い声。なんだ、そういうことかとなんとなく理解した。要はあれだ、――自分の気持ちの底を出したいたい、とそういうことだ。ごくたまに彼女は子供のような一面を見せることがある。それはポーカーフェイスが剥がれる時に限って顕著に表れてくれるから飽きずに観察したくなるのだ。

「ねぇ、」
「なんだ?」

 今日は良く話す。馬鹿だなぁ、なんかあったかなんてバレバレではないか。

「寒い」
「布団に包まれ」
「それでも寒い」

 ほら、出た。我が儘オジョーサマが。拗ねたように若干頬を膨らます彼女に見兼ねてゆっくり重い腰を上げると固まった膝や腰がギィッと鳴るように動きが鈍る。固まる足で歩き祈の隣に腰を下ろすと人一人分の重みにベッドが軋んだ。

 こんなこと絶対しないと思う。普段の自分ならば。結局何がそうさせて、つき動かしたんだか全くわからないけれどなんだかそうしたくてそうしたんだと思う。布団を羽織るだけの彼女を布団ごと包むように抱きしめて閉じ込めた。身長は高いし身体付きもそこら辺の女よりしっかりはしている、けれど幾分が身長も身体付きもアタシの方が大きいから容易にできた。これであたたかいだろうと満足したのもつかの間布団に身を包む祈は何故か不服そうに唸っている。

「なんだよ、あったかいだろ?」
「違う」

 ん?何が?そう言うとまた唸った。おー、本当に子供らしい反応ですこと。だいぶ驚いています。「違う」と言われても分からず混乱半分困難半分。唸る祈に触発されて自分も唸ってしまいそうだ。

「こっちがいいわ」

 突然抱きしめる腕を払い除けられ腕を引っ張られた。瞬間暖かい温もりが背中越しに伝わり、目の前は先程自分が座っていたタイル。嬉しそうに笑う声がやけに近くで聞こえて思うのだけどもしや、後ろから先制攻撃されるとは思ってもみなかった。

「冷たい」
「やらなきゃいいだろ」
「あら斗南さんエロい」
「ヤるなんて言ってねーだろっ」

 クスクスと笑う吐息が首筋にかかって擽ったかった。少し身をよじるとがっちりホールドされて少々困る。

「あったかいでしょ?」
「ああー」
「何その気が抜けた返事」
「いやー…なんか」

 なんかさぁ、気に食わないんだよ。と遮る。落ち着かないというか忙しないというか取り合えず自分はここに居るべきではないと思ってしまう。そうだなぁ、どうせなら。と腹の上で交わる腕を解き、強引に身体を反転させて祈の背中と布団の間に滑り込んだ。

「こっちのがいいわ」

 お腹寒いでしょ、と枕も挟んで強く抱きしめた。耳元で「あったかい?」と話しかけると慌てたように腕の中にいる身体が跳ねてクスクス笑った。それさえも感じとって等々耳まで真っ赤。あー、愉快。

「っ…斗南さんって案外積極的なのね」
「ご理解頂けましたかオジョーサマ。なんならこのまま寝てしまいましょーか」


 なんたって早寝早起きはモットーでないんで。時計を見れば7時を過ぎていた。朝ご飯は抜きにして昼までに起きればいいのだから後5時間は寝れるなぁ、と温かみに頬が緩んだ。


「どうでしょー?」
「ご一緒するわ」

 器用に反転させた身体が密着して傾いた。痛くないように腕を頭の下に入れて横たわる。自分の肩がベッドの底に触れると猫のように丸まって胸元に擦り寄ってくるもんだから余計に抱きしめて結ばれているゴムを抜き取った。

「おやすみ」
「ええ、おやすみ」


 重くなる瞼に――ああ、わたし追われてるんだっけと一瞬頭を過ぎるが温い温度の心地好さに意識は遠退き消えていった。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -