オールキャラ





 朝のジョギングは休日以外習慣になっていた。刃友に何があってもサボる事を禁じられ続けて四年。高等部二年に進級してもなお、律儀に続けている。というより毟ろ自分自身でもやらなければとそういった義務付けのようなものを課せているのだから苦でもなんともない。

 そうだ。苦でもなんともない、はずだった。

「―――てめぇが、なんで此処にいんだよクソちびっ」

 自室から出て暫く、背後で足音が聞こえて振り返ると見てはいけないようなものを見たと気付かないふりをしてジョギングを再開するが、

「ししょーが居たからつい」
「つい、ぢゃねーよ」

 後ろはともかく前を走られるとなんか、こう虫ずが走る。というよりムカつく。張り合う気は全くないにせよ、こうも目の前を悠然と抜かれるのは頭にくる。というより前を走る奴は皆ムカつく。結局はただムカつくだけなのだ。

「いつもは寝てんだろ、この時間」
「だってししょーが愛のオーラを放つから居てもたってもいられなくて、つい」
「死ね、――…っつか気色悪いこと言ってんじゃねー」
「ししょー、おきびしい」

 人にペースを乱されるのは嫌いだが何故かこいつはもう慣れた。こうも付き纏われると諦めがつく。それもどうかと思うけれど。それっきり淡々と二人は玲のコースを走る。何やら腑に落ちない。隣を走るだけで妙に静かなはやてを珍獣を見る目で見遣ると、本当に珍しく眉を寄せて浮かない顔をしていた。

「どうした?」
「いやー、なんか妙な感じがして…」

 ――それで起きちゃったんす、と呟いたはやては悩ましげに首を傾げた。

「妙な感じ、か?」
「うん。なんか、こうまがまがしいというかいきすかないというか」
「後者は意味ちげーぞ」


 ――ありゃ、そう?ととぼけるというより多分全く意味を知らずに言ったんだろうとその阿呆面を見ればすぐわかる。気のせいだと一蹴したが、はやてはなんか嫌な感じがすると頑なに言い続けるものだから玲も玲で気にしてしまった。野生の勘とは案外鋭く、当たるものなのだ。以前紗枝がはやてに修業をしてあげると、言った時のあの回避は見事なものだったのを思い出す。

(ま。頭には入れとく、か…?)

 と思うがそれは目の前をを横切る一人の大男によって途絶えた。ふと確認するやいきなり立ち止まり、口元を僅かに動かした。それに倣いクソちびもあたしも動かす足を止める。なにやらごにょごにょと言っているようだが、全く聞こえん。観察するようにニメートルもある大男を上から下へと目を配るが顔色は伺えない。おまけに物騒なもんを右手に装着している始末。尻込みしてしまうほどの異様な雰囲気、というか貫禄というか、取り合えずまがまがしいオーラを放出していることだけは分かった。

「あ、なんか。こんな感じっス」

 指を指して笑うはやて、に冗談じゃないと殴りたくなった。おい、ただ者じゃねーぞこいつ。と威嚇をするべく鋭い目つきで睨みつけた、がやはり反応は薄い。

「み、かど―― 神門…玲、」


 ジジジ、と機械音とが交じるその瞬間、男の口が大きく開かれた。
「ちょ、―――… っ」

 危機感が襲い息を詰まらせるには十分過ぎる。咄嗟にはやての衿を掴んで投げると同時にチカッと口内の中が開いた。後退すると、先程居た地面に突き刺さる特殊な形をした鋭利な刃物が見え、息を飲んだ。

「おい、おい…冗談だろっ」
「ししょー、ししょー」
「なんだよっ」
「冗談なんかじゃないよ」
「見ればわかるわ――…っと!!」

 地面に重い衝撃が走る。見れば刃物が付いていない左拳が地面にメリ込み地割れていた。冗談抜きで冷めていく脳が訴えかける。――あれを食らったらひとたまりもない。それこそ気を抜けば仏様となって天にめっせられる。玲は粟立つ全身を強張らせ身構えるが、何処か心淋しい思いが手に残り顔をしかめて気づく。そう肝心の武器がない。体術は苦手である。困りながらはやてを見遣ると尻餅を付き、あわあわと身を震わしていた。

――ダメだ、
 げんなりと肩を下ろして見るからに負のオーラを纏うが目の前にいる男を再度見て単純な答えがでる。

「要は、この場を凌げばいいってか」

 不信人物、否人間ではないが不法侵入者であることはかわりない。何よりあの大将が事をほっときはしないはずだ。どのみち何かあれば動きを見せるはず。剣の抜刀が許可されればこちらとしても列記とした剣待生、渡り合える自信も根拠もある。

 一足飛びにロボットの頭部のスレスレを横切り、背後に着地すると同時に足を蹴り叩いた。ぐらつく巨体が傾くと次いで脆い膝に打撃を食らわそうとするが難無く堪えたそいつは振り向き拳を振り上げた。

――お、おお。やっぱ頑丈っ…

 けれどスピードは歩がある。飛び出した時の対処の遅さにただの力馬鹿と面白道具のレパートリーが揃う芸人だと、よくわからぬ例えをして後方に飛んだ。する一呼吸置いてズシンッと重い音が響いて止まる。

「やっぱりあれくらったら死ぬだろ。骨なんて粉々のベキベキにされる」

(うーん、というより…)

 玲は何やら引っ掛かった。何故ならこのロボットはまるで自分だけを標的に狙っているのだ。まずクソちびには見る気もなければ攻撃する様子もない。

 ならばと、少し遠くで見守るはやてに玲は叫んだ。

「おいっ、クソちび。お前早くどっかいけ」
「し、ししょー。ここで逃げるなんて男が廃るっ」
「お前もあたしも女だ」
「ハハハ、逃げるもなにも腰が抜けて動けませぬ…」
「はぁー?」


 と、そこで拳が玲を襲う。なんとか避けるが黒い髪の毛が数本散らばった。――風圧でこれです、か?冷や汗はダラダラと比喩できそうなほど額にこびりつき、距離を咄嗟に取るが巨体の何処にそんな動きが出来るんだと、思うほど早さはないが俊敏に拳を繰り出してきた。――まてまてまてまて。逃げるに逃げて、刹那。顔面にチリッとした痛みが走る。見れば拳が横を通過、見事顔面キャッチは免れるが掠った。

「っ――ぅんにゃろぉっー」

 玲は身を低くし巨体の股をスライディングでかわし、背後に立つと勢いよく走って先にいるはやての身体を横抱きして逃げた。逃げるのは性分に合わない。毟ろあんなふざけた機械を動けなくなるまで不能状態にしなければ気がすまない。が、ここは逃げる。

「あんなの素手で勝てるのは宮本ぐらいだろーよっ」

 玲はジョギングとは言い難いほどの全力疾走でそのまま30分は走り続けるはめとなった。




***



 ふぁーっと一つ欠伸をし、羽織るカーディガンを余計に手で寄せた。春だろうが朝は寒い。しかもひんやりとした無人の廊下は特にそれが著しい。静久は寝ぼけ半分に廊下を探索した。何時もならば今の時間は気持ち良く夢の中にいるだろうが、今日は些か急を要する用事があったのだ。

――会長も、いきなり呼び出すなんて。

 今朝、いきなり携帯へと連絡があり眠さに半目状態でディスプレイを見ると――ひつぎさん、と表示されていたことに驚き目が見開き咄嗟に飛び起きた。出て早々、春休み一日目に限って早寝早起きと言われ、今から来てくれとのこと。全く用事は解らぬがそれを断るというDNAは生憎わたしにはなく、自室を出たのだ。

「うー…、寒い」

 身を縮め自然と背が丸まった。こんなことならもっと厚着をしてくれば良かったと思うが、生憎それも頭にはなかった。

 ――はぁっ、と一つ息を吐くと白い息が出る。わたしはこの白い息を出すのが子供の頃から好きで幼児期の頃は良くこれだけで遊んでいたなぁ、なんて思いだし苦笑しているとけたたましい足音が後ろから近づくのがわかり、すぐに後ろを振り返った。

「――し、しずくっ」

 そこには必死の祈さん。
はてどういったことで、と目をぱちくりしていると「走って」と一言言われて祈さんの横に並んだ。

 何時もの清々しい表情は見る影もない祈さんが廊下を爆走しているなんて前代未聞だ。

「祈さん、ジョギングなら外で――」
「あなたの目は飾り物かしら、取り合えず走って」
「あ、はい」

 若干けなされた事に気を落とすが祈の隣を走るはめになった静久は――どうしたのかと聞くと後ろを振り向き指を指したのでそれを追うように同じく後ろを振り返る。

「あれが、追い掛けてくるのよ」
 何やら黒づくめの男が物凄い勢いで追い掛けてくるのが見えて納得した。

「――侵入者ですかっ」
「そんな感じね」
「ならば、ここで排除します」

と立ち止まろうとすると腕を掴まれてまた走らされた。

「バカっ。こんな所で取っ組み合いするつもり?取り合えず逃げるわよ」
「あ、はい」

 言うなりぐん、と速度を上げた。

「で、なんです?あれ…」
「私が聞きたいわ」

――うん、適当すぎる。

 うんざりと言うように吐き出す祈は迷惑そうに――あいつのせいで良く寝れてないのよ、と口を尖らせ不服そうに呟いた。ただ足は休めずたわいもない会話を進めている二人は意外に器用だったりする。


 直線を走り、向かう先は解らず終い。ふと静久は――ひつぎに呼ばれていたんだと当初の目的を思い出した。行くなら丁度良い。報告はしなければならない、侵入者など、昔は頻繁にあったが今この学園の権力がひつぎへと変わって二年余り、一つもそんな騒動はなかった。まぁ、侵入する前に排除してきたのだから当たり前なのだけれど。

「祈さん、わたしひつぎさんに呼ばれていたんです。不法侵入者の報告もしてきます。祈さんも御一緒に…」
「いや、いいわ。幸い狙いはわたしみたいだし……。下手に纏まって根こそぎやられるより、このまま巻くから」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。なんとかするから、静久は会長に報告よろしくね」
「あ、はい」

 祈はすっと目を細め綺麗に笑った。――ああ、これなら大丈夫だと静久も思い二手に別れるが案の定男が追うのは祈であった。







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