「珍しいツーショットね」

缶ジュースを買いに行く際には、決まった場所を通る。別に気にして通ってるわけじゃないし、何かあるわけでもないけど、この自販機でジュースを買うときは、ここを通るという習慣が出来上がってしまっただけ。そこの自販機の隣に一つだけ楔れたベンチがある。目は良い方で、だけど、近くで見ないと信じられないから。

「祈さん、」
と小さく会釈したのは静馬さん。小一時間帰ってこないと思えば、刃友のとこでも、無道さんのとこでと、染谷さんのとこでもなかった。思わぬ人物といる。
接点なんてあるのか疑わしいぐらいに。そんな心境を隠すままに笑顔を向けて、その隣を見る。当然と言わんばかりに座る斗南さんは長い足を交差しニヒルに笑っていた。

「チース。祈、休日出勤?」
「まさか。生徒会もそこまで忙しくないわよ。で、お二人さんは何してるの?」

聞けば、お互い目を合わせる。
「ナニしてンのかって言うとーー」
「困りますね」

と並ぶ困り顔で笑う。

「ボーッと?してたッつーか…。ナァ?」
「あ、でもジュース買いましたよ」
「あぁ、アタシも買った。ジュース買ってくつろいでたって感じデ」
「多分…そんな感じです」

ドッと、腰を深く座る斗南さんは大きく腕を伸ばし背凭れに置く。静馬さんの背中にふれるか触れないかのギリギリの所で。

「ッてか寒くねェーの?小せェ身体、余計に縮こまっちまってる」
「然程寒くはないですけど、そろそろ戻ります。祈さんも戻ります?」
「ジュース買ったら戻るわよ」
「ナニ?同室?」
「はい」

背側で腕を組み、顔を傾ける。いいでしょー、と笑えば呆れたように、気の毒そうに呟く。

「苦労すンな、」
「どーいう意味かしら?」
「本人が一番知ッてンしょ?」




攻防にも満たない言葉遊びを楽しむ。小銭を取り出し入れた。
「ま、二人で談笑なんて妬けちゃうな」
今度、私も入れてね、と言いながら自販機のボタンに手を伸ばす。



「談笑?」
「挨拶はしましたけど、話すのは初めてですよ?」

思わず押すボタンを間違えた。


(斗南、静馬、祈)



**

トレーニングの一環でダンベルを持ち上げる。上、下、と一定のリズムで動かしながら反対側のベッドで項垂れる久我を見ていた。

「オイ、いい加減やめろ」

嫌でも目に入る。辛気臭過ぎて鬱陶しい。

うつ伏せのまま壁際に向いた顔がこっちに向いた。

「手持ち無沙汰になるとダンベル振るのやめてくれません」
「今、こっちがやめてくれと頼んでるんだよ」

じと目で見られた。その顔がまた歪んでいく。嘘泣きのように、半分本当で半分大袈裟を含んで枕に顔を押し付けた。

「うわーーん、だって!姫が居ないんですよーっ!朝から探してるのに、部屋にもいない」
「メガネん所だろ?」
「そんなのもうー調べ尽くしてますよ〜!」

鬱陶しい。なんだ、コイツ。

「避けられてんだよ」
「違います!!」
「ってか、そのうち帰ってくんだろ?ガキじゃあるまいし」

言えば、ぴたりと大人しくなった。そして、またじと目で見られる。なんだよ、と少しだけ身を後ろに下げた。

「神門さんは、あの可愛い夕歩がどうなってもいいんですね?どっかの変態共の餌食になってもいいって言うんですね?」
「んなこと言ってねーだろ!?ってかーー」
「夕歩があんなことやこんなことされてもいいって言うんですね?」

いや、待て。根本的に間違っている。そんな奴、此処にしかいないだろ。目の前のコイツ以外、(ストレスしかない奴は分からないけど)危ない奴はいない。(あ、あの黒組のクレイジーもいた)それでも、仮に剣待生。そして、実力もある人物がそうやすやす。というより、

「過保護過ぎんだろーーーっ!!!」
「夕歩をオカズにしていいのはアタシだけなんですーーーーー!!!」


知るかーーーっっ!!!



(神門、久我)




**


土、日は暇を持て余す。しかし、ここ最近はそれも返上していて中々休みという休みが取れなかった。(主に生徒会やら天空の寮問題やらで)空いた時間で部活動として絵は描こうと試みたけれど、多忙な日々は部室に足を運ぶ事さえ掻っ攫っていった。

私は一つの部屋で止まる。そっと開くと凛々しい背が迎え入れた。



「ーー先輩」
そう呼べば、ゆっくり振り返る。
「ゆかり、遅かったわね」
とニッコリ笑う先輩のキャンパスは依然として真っ白のままだった。

「ちょっと、寄り道してました」

私は抱えていたスケッチブックを開き、近付く。
「スケッチ?」
「はい」

受け取ったその手がパラパラと白い紙を捲っていく。そこに描かれる絵は風景画が多い。

「今日は珍しいものが見れて」
と口にした時、先輩の手が止まる。
風景画に紛れた一枚は今日私がこっそり描いたものだ。
流れる時間が止まったような一枚で、しかし、確かにゆっくりと緩慢に流れていた時間の中からの一コマ。盗み描きなんてしているわけではないけれど、事実そうなってしまったのは少しだけ罪悪感が募るけど…


「確かに珍しいわね」
「思わず描いちゃいました」

苦笑を浮かべる私と違い先輩は穏やかに笑っている。

「終始黙りでしたよ。なんか面白かったです」
「彼女、絡まれないとあんまり喋らないから」
「なら、夕歩もそうですよ」

生い茂る緑が表せなかったのは残念だった。色がない。デッサンは黒一色で、濃淡で光の表しは上手くいったけれど、少しだけ質素な気がする。自然の中に異端する自動販売機がなんとも言えない趣きを感じさせ、会話のないまま二人はベンチに座っていた。

「斗南さんが見たらこーんぐらい眉間に皺が寄るわよ」
「それは困りますね」

ふふ、と私たちは笑った。



(上条、染谷)




**




「じゅんじゅーん!」

声が飛ぶ。見れば走り寄ってくるはやてちゃんの姿。その後ろには仏教面の飼い主が歩いていた。

「はやてちゃんは元気だね〜」
「じゅんじゅんが元気ない!どーかしたん?」

今のあたしには眩しすぎる笑顔を向けているものだから目が痛い。

「まだ見つからないのか?」
「そーなんだよーー!綾那っ!アタシかくれんぼなんてやってないよーっ!」
「鬱陶しいお前に逃げたんだな」

綾那は神門さんと同じ事を言う。朝から見ていない天使が何処にいるのか心配で気が気でない。何時もは部屋に居るか、綾那といるか、増田ちゃんといるか、ゆかりといるか、はやてちゃんと居る…か?

あたしはバッとはやてちゃんに顔を向けた。必死だったと思う。顔が強張ってるかもしれない。迫力はあっただろう。一瞬にしてはやてちゃんはピーンと背を伸ばした?

「え?なになに、どーかしたの?」
「はやてちゃん…」
「はい!!!」

肩を掴む。じりじりと顔を近付けた。



「夕歩見なかった?」

その問いにはやてちゃんの身体から力が抜ける。
「なんだー。もう脅かさないでよー!!てっきり綾那のパンツ見せてだと思った」

ドゴン、と一発。突風が前髪をサラサラと持っていったと思えば目の前からはやてちゃんがいなくなった。恐る恐る見ると、壁に減り込んでいる。流石鬼。神業レベルで殺しにかかる。

「ちょ、綾那っ!確かに綾那のパンツは欲しいよ??でも、後ででいいから!!今はもっと大切なーーーー」



爆風と衝撃に言葉は続かなかった。



(久我、無道、黒鉄)






**






「なんだよ、これ」

部屋に来たと思えば目の前に置かれる缶ジュース。パッケージにはお汁粉サイダーと書かれていた。趣味が悪いとしか言いようがない。それとも、

「味覚がおかしいのか?」
「失礼ね。味覚は正常です」

で、何?これ、と目で訴えると、紗枝は黙ったまま缶ジュースを手に取り蓋を開けて、またあたしの前に置いた。

「玲にプレゼント」
「いらねーよ」

圧力が痛かった。ニッコリと笑った沈黙が怖かった。

ーーこれを飲めと?


「案外美味しいかもよ」
「飲んだことねーんだろっ!押し付けんのやめろ!」

こんな得体の知れない物を飲んだら近い未来、どうなるかわからない。こんなの何処で売ってんだよ。購買やってねーぞ!コンビニまで行ったのか?

「ベンチがある自販機で買ったの」
「…さいですか」

最近思うんだがコイツ、エスパーかなんかか?

「今朝の占いで玲にお汁粉とサイダーの組み合わせの得体の知れない物をあげると運気が上がるんだって」
「そんな詳細細かな占いがあってたまるかっ!」
「間違えちゃって」

そう言う紗枝は悪戯に舌を出した。缶ジュースを片手にジリジリと隙間を埋めていく。

「ま、待てッ…」
「いいんだ〜、玲のあんなことや、こんなことファンクラブに流しちゃおうかなぁ〜」
「あんなことや、こんなことってなんだっ!」
「そりゃ、ほら8歳の誕生日のときーー」
「なんで、お前がそんなこと知ってーー」

背後には壁。ここは密室。久我は居ない。




「私も不可抗力だったの」

紗枝は余計に笑みを深めた。






(神門、祈)





**




「早いご帰還ですね」

さっき祈と部屋に戻った筈の静馬は、今度は少しだけ厚着をしてきて戻ってきた。

「ここ、落ち着くんです」

そう呟いた静馬はまたアタシの隣に腰を下ろした。

「ずっと、ここに?」
「まぁ、落ち着くから」

少しずつ言葉が交わされる。さっきと違う柔らかな雰囲気だった。ドーモ、コイツの周囲の時間軸はゆったりしている。別段速さに揉まれている毎日だから、好都合。一人でのんびりと、と思ったアタシの今のペースに合致してやがる。


「なンか飲む?」
「いいです。お構いなく」

そう言っても、まぁ、なんかそういう気分だから。普段しねェーンだが、とらしくもないのも十分承知して、二つ分の温かい紅茶を買う。渡せば、困ったようにお礼を言うもンだから、気にさせてしまったかもしれない。

「ま、チャラで」
「?」

何を言ってるか分かんないんだろうけれど、アタシの中でアタシのルールがあって、それは他人が気にしてほしい事なんかじゃない。


「楽だなぁーって、ナ?」

静馬は小さく笑い、変に自己満してアタシは缶ジュースに口を付けた。




(斗南、静馬)






**




「アーーーーッ!しぐっモゴッ」
「アホっ!静かにせいっ」

咄嗟に黒鉄の口を覆い、茂みに隠れる。若干距離はあるからして、気付かれてない筈じゃ。

「何すんのさー、モカちゃん」
「いや、待て!ありゃ、どー見てもあれじゃろ?」
「あれ?」

ひっそりと一つだけ自動販売機が立っている横のベンチに二人は座っていた。というても、寝てる?のか、静馬さんの頭が元白の斗南さんの脇にジャストフィット。これ、久我さん見たら号泣すんじゃなかろうか。

「いや、でも…」
しかし、あの二人に接点はあるのか。否、一度たりとも話しているところなんて見たことない。

「んーーー、んーーー」
顎に手を当てて考えてみて、黒鉄に問う。
「あの二人、話しとるとこ見たことあるか?」
「んーーー、ーーない!」

ほれ、みろ。そーいうことじゃ。

「黒鉄。ありゃ、デートじゃ」
「デート!?!?」
大袈裟に驚くもんだから思わず、ばかっと口を塞いで、自分の口元に人差し指を立てる。

「しーーー!静かにせんか!」
「ごめんー。モカちゃん。でも、静馬に恋人いないよ?」
「これからっちゅーもんがあんじゃろう!逢引じゃ」
「あいびきぃーー!?」

一発脳天に拳を入れる。
「いたっ、」
「静かにせいって」


黒鉄は放っておき、草むらから観察。至って起きる気配はない。ここで声を掛けるなんて野暮じゃろう。

「黒鉄。いいかー、そーっとしておくんじゃ!恋路を邪魔する奴は鬼の餌じゃ」
「綾那のエサにぃーーーっ!!?」

なんか違うとるが、ま、いい。
ウチらも盗み見はご法度。さいならーっと。




(吉備、黒鉄)





**




肌寒くなってぶるっと身体を震わせた。その拍子に意識は覚醒していく。

「お、起きたッスか?」

頭上の声にゆっくり見上げると今日会話したばかりの斗南さんの顔があった。瞬間、状況を理解し自分がしていた事に慌てる。

「す、すいません…」
「ダイジョーブダイジョーブ!それより、そろそろ帰りましょうか。風邪引いちまう」

寝てしまった私を気遣い、ずっと待っててくれたのだろう。申し訳なさでしゅんと項垂れる。それに気付いた斗南さんは立ち上がり、私の頭をポン、ポンと二回柔らかく触れる。


「アンタがだよ。アタシはジョーブだからダイジョーブ。年上だしナ」

口角を上げて八重歯がチラつく。子供っぽい笑い方をするけれど、その容姿からしてカッコよく見える。

「ありがとう、ございます」
「イエイエ。またセッションしましょーや」

楽しかった、と最後に一言告げその場を後にした斗南さんとの時間は苦ではなかった。もっと怖い人だと思っていたのに、全然そんなことはなくて、逆に一人だと穏やかな空気を纏う人なんだと思った。逆に捉えると黙っていると怖いと思われてしまうような損な人だと思う。それでも、烏滸がましさも変な気遣いもなく、溶け込んでくるから凄いと思う。


時計を見れば午後三時を過ぎていた。あぁ、順が煩いだろうなぁ、と思うけど、帰り道はとても足が軽かった。



(斗南、静馬)








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