――祈紗枝です。番号はxxx-xxxx-xxxxです。登録よろしくお願いします。


 祈からメールが来たのは家に着いて直ぐだった。あたしの家は学校から十五分ぐらい、駅から十分ぐらいの格安アパートで何気に気に入っている。スーパーは少し遠いが自転車を使えばすぐだし、コンビニなんて目の前。この物件は結構な穴場だと思う。

 ――よろしく、と絵文字なしの文を送ると直ぐに返信が来た。

――絵文字ぐらい付けなさいよ


「言葉遣いが丁寧なのか雑なのかよくわかんねーな」

 まぁ、文句は何気に多い方か。ありゃ、二重人格だ。表でニコニコ笑ってるけれど案外彼女は腹黒い。かと言ってサボるだとか糞真面目だとそんなんじゃないし、学級委員長とは名ばかりだと思ったが仕事は激早っ。雑になるかと思えば丁寧になったりと意味がわからない。

――これでいいですか?オジョーサマ

 と一つ語尾に絵文字を入れて送信した。メールは苦手だと思う。両親からはメールというより電話が来るし、悪友のあのピンク頭からのメールは毎日のように送られてくるが大概しかとする。しかとすると懲りずにまたメールが来るもんだからしかたなく返すと、メールはこのぐらいだ。電話に関しては両親、兄貴、まぁ、どっから仕入れたのか呼び出しの迷惑電話ぐらいだ。

 何もしてなくとも目立つらしい容姿は何故か人を敵に回す。上級生には呼び出しされないものの、何故か他校の生徒が因縁を付けてくるのだ。だから変な噂が流れてしまうんだろうと、こちらとしては迷惑にしか思えない。

 別にあたしだけならいい、けど

(祈といる時は嫌だなぁ)

 毟ろ、避けたいぐらいだ。難しく考えてしまうのは生れつき備え持った本能で、いつも最悪な状況を浮かべて行動してしまうらしい。かと言って喧嘩の時は真逆だよなぁっと男っぽい短髪頭に言われたような気がする。

 はぁ、と溜息を吐き携帯を見ると新着メールが一件。祈だろうと携帯開けば全く違う人からのメールだった。


――おい、ナンシー。今俺は非常にヤベェ。シットだ。変なヤンキーに追われて逃走中。ヘルプミー

 あたしはゆっくり携帯を閉じる。今日はバイトもないしゆっくり休もうと考えていた。しかも明日は最近やけにはまっているお勉強会だってある。なにより平和な日常が五日間も続いたのにと嘆いては携帯をまた開き今度はさっき教えてもらった携帯番号へとかけた。
(これも全てあの馬鹿がわりぃ)


『もしもし』
「あ、祈?」
『どうしたの、斗南さん』
「明日あの十字路で十一時待ち合わせな」
『あ、うん。わかった』
「ぢゃぁ、よろしく。」
『……』
「オーイ、祈サーン?」

 かんともすんとも言わなくなった携帯電話を握り締めて不思議に思っていると――『なんかあった?』と心配げな声が聞こえておっ、と侮れないなコイツと警戒した。

「別に。なんで?」
『いや、なんか機嫌悪い?』
「まさか、最高にハッピーですよオジョーサマ」
『前から言おうと思ってたんだけどそのオジョーサマ止めてくれない?』
「あー、はいはい。わかりましたよオジョーサマ」
『何もわかってないじゃない…』

 祈とのメールも電話も楽しかった。自分が自然と笑ってしまうほどに。ぶっきらぼうだとかクールだとか無表情だとか自分でも思ってしまうけど祈の前だと何気に気は使わないし素で入れるのは事実。
 スウガクの問題を解いている時、わからない問題を聞こうと思った当の本人はどこか遠くへ行ってしまっていた。声をかけても無反応であまりにも心ここに有らずなのが気にくわなくて驚かせるように顔を突き出せば案の定目を丸くして驚いた。そんな一皮剥けたあの顔が堪らなく好きだった。

(そんで、あのあとの顔がもっと好きだ)

 顔を若干赤く染めて切なげに眉を寄せたあの表情。恥ずかしがって直ぐにごまかしたがあれはヤバい。

 まだまだ話したかったが流石にあの馬鹿がもうじき死体となってしまう頃だ、名残惜しむように「また明日」と告げると今度はちゃんと『うん、また明日』と返答してくれたので安心して切った。

「さてと…」


 この最高にハッピーなひと時を壊した奴らに制裁してくれよう。あたしは制服から私服へと着替えて家を出た。




***





「昨日何があったのかしらね?」

 十字路に待ち合わせ時間の十分前に着いたというのに祈は既にそこにいて私の顔を見るなり言った。ニコリ、と笑う顔がどうも怖い。今朝鏡を見てヤバいと思ったが約束は断れないし放り出すほど無神経でもない。口元は少し切れ赤くなり、額には擦り傷が出来たため絆創膏を貼っていた。覚悟して待ち合わせ場所に向かったがここまで全面的に凄みのあるオーラを出されると尻込みしてしまう。

「階段からこけました」
「嘘ね」

 はい、嘘です。なんて言えるはずもなくケロッと取り合えず行こうぜと促すとすんなりとあたしの後ろを付いてきた。

 しかし、家に着くまで会話は皆無。話しかけても、「うん」だとか「そう」とか一言だけ。まるであたしのようにぶっきらぼうで冷たくなってしまった祈にどうしたものかと思案するがこの手のことはまるでわからない。しかもあしらうような刺々しさもあってあたしは結構なダメージを負った。精神的なダメージ?肉体的もあるような。多分怒っている。多分でなくても確実に怒っている。

「お邪魔します」

 だんまりを打ち破ったのはこの一言。こんな時でも礼儀は忘れないところが祈らしい。机の近くへと座ると直ぐに自分のノートと筆箱を出し始めた。あたしは罰が悪そうにそれを眺めてまだどうしようかと思案する。何故かわからないが祈には弱いらしく頭が上がらない。

「どうぞ」
とお茶を出すが
「ありがと」
目も見ずに言われた。感情を図りかねる、そんな無機質な声にもうなんか泣きたくなった。

 我慢ならなくて勇気を振り絞り恐る恐る核心へと触れる言葉を選び呟くと祈は張り付いた笑みを絶やすことなく「怒ってないわよ」と呟いた。

「怒ってんじゃねぇか」
「あら、なんでそう思うの?」
「ぐっ……」
「嘘ついたとか、そんなこと気にしてないわよ」
「気にしてんじゃねぇか」

 よそよそと机を隔て腰を下ろす。何故か正座になる始末。

「あのな、祈…悪かった」

 視線はどんどん下降し、ついには俯いて戸惑いが隠せずにぽつり、ぽつりと言葉繋いだ。

「ちょ、わけあって喧嘩になって…」

 祈の顔も見れずに呟いていく。沈黙が部屋を包み、居心地が良いはずの家が他人の家のように思えてしかたない。すると、はぁっと溜息が聞こえて思わずビクッと肩を揺らしてしまった。ああ、また怒らしてしまったかと肩を落とした直後、頬に触れた柔らかい温もりに驚き顔を上げた。そして後悔する。切なげに歪められた顔はあたしの好きな表情だ。そのはずなのに、心臓がきゅっと抑えられたようなそんな息苦しさと同時に悲しくなった。あからさまに歪む顔は泣きそうで、額の傷をやんやりと撫でていく。ああ、そんな顔させたいわけじゃないのに。

「いのり…」
「傷――…痛い?」

 めちゃくちゃになっていく。痛い、痛い痛い痛い。心臓が痛い。泣きたくなる、それと同時に嬉しかった。

「もう喧嘩しないで」
「んー…」
「約束しないともう話さないわよ」
「…わかった」
「…あとなんかあったら、言ってよ。心配するわ」
「ごめ、ん…」

 息が詰まる思いとはこういう感じだろうか。耳に触れた声が掠れている気がした。ゆっくり背骨を撫でるようにすんなり聞き入れているはずなのに痺れて滞っていく。泣きたかった。泣けなかった。泣きかたがわからなかった。だって始めてだから。愛しすぎてもうわからなくなっていく。あたしはゆっくり撫でる手の上から自分の手を重ねた。








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