お勉強会を開いて一週間が立つが斗南さんは以外と真面目だった。

――問題児は頭だけ…。

 真面目なだけでなくぶっきらぼうだが優しさがあって情深くて何よりそこら辺の男より断然斗南さんのほうがかっこいい。切れ長の目だとか口は本当に悪いが少しハスキーな声だとか、何より笑った時の表情がもうヤバい。背が170cm近くもあるしスタイル抜群、かっこよくて綺麗な大人の女性のようだった。が、一つどうも気になるというか、直したいことがある。

「その足癖どうにかならないの?」

 今日の四限が体育だった。わたしは直ぐに制服へと着替えたが斗南さんは赤いジャージ姿のままで、それをいいことに自席の机の上に長い足を置き組んでいた。

「んー?ムリだな」
「速答ね」
「生れつきなんだよ」
「嘘付かない」

 じと目で見ていると斗南さんは笑いながら足を下ろした。その換わり、机の中から一冊の参考書と一冊の教科書を机に置き、筆箱からシャーペンと消しゴムを取り出して準備万端だと言うよに歯を見せ無邪気に笑って見せた。――早く来い、とのこと。あやうく溜息が出そうになって止める。

「今日はスウガクだろ?」
「ええ、そうよ。あなたの得意分野なのはわかるから、そんなキラキラしないでくれない」
「エイゴぢゃないことが心底嬉しい」
「明日はその"エイゴ"だわ」
「………」

 斗南さんは「まじかよ…」と一瞬で眉間に皴が寄り、不機嫌そうに口を尖らせた。その間もわたしは斗南さんの前へ座り、数学の参考書をぺらぺら、教科書をぺらぺら。二つを照らし合わせてテスト範囲の部分を探した。

「はい、今日はここからここまでね」

 そう言って摘んで見せたページは若干太く、確認を取ると今度こそ斗南さんははぁ?っと抗いがてら不満の声を漏らした。

「なんか、多くね?」
「気のせいよ。それに万が一多いとしても得意分野の数学なら出来るわ」
「うっわぁー、性悪女」
「なんとでもおっしゃい」


 文句を言いながらも目を通して、暫くすると手を動かし始めた。得意分野だと言っても赤点は赤点で、他の教科よりは点数が高いだけ。所謂ぎりぎりアウトでぎりぎり赤点ということだ。

「祈、ここって数式当て嵌めンの?」
「ああ、その前にこの部分を先に計算して答を出さないと当て嵌められないわよ。この答えをここに代入するから」
「ああ、なるほど」

 悪戦苦闘しながらも英語の時よりはスムーズにページが進んでいく。一回集中すると斗南さんは凄い。英語は駄目だけど、昨日の世界史と日本史の暗記の時なんて一時間は休憩もせず、毟ろ会話一つなかった。そのかいもあり、社会の方はテスト範囲の半分以上暗記に成功。後は忘れないようにわたしがとったノートで復習すればいい。コピーしたプリントの重要なところを緑色でマークして、赤い下敷きで見るとあら不思議。そのマークしたところは穴埋め状態になる。

(やればできるのに…)

 今も尚、黙々と問題を解いていく斗南はわたしが溜息をついたことさえ気付いてないだろう。少し苦笑を浮かべた。



 斗南さんの噂は結構聞いていた。一年生の時は別のクラスだったけど、よく皆話していたのを覚えている。ぶっきらぼうだとか、冷たいだとか、怖いだとか。煙草を吸ってる不良で喧嘩が滅法強いだとか、町中は敵だらけだとか、もう言いたい放題。問題児や不良というのは見た目と雰囲気で全て決められてしまう。もうこれは必須項目で、斗南さんも例外ではなかった。しかし、斗南さんはそれと同じだけモテた。その綺麗な顔付き、モデル体型な身体。男らしさとクールさを兼ね備えているため男はもちろん、女にも告白されているらしいが当の本人は断り続けているようで告白されていたという噂は聞くが付き合ったという噂は聞かない。紫の爪が綺麗な友人に聞くと、なんでもあの危ない感じがいいだとか…

(まあ、わからなくもないけど)


 けれど、怖いだとか冷たいだとかそういうのは弁解したい。
(ぶっきらぼうは否定しない)だってぶっきらぼうなのは事実だから。

(本当は優しいのに…)

 噂だけで決め付けたりなんてわたしはしないけど、知らず知らずに影響はあったようで、最初の会話はもう気まずい以外の何者でもなかったし…、それに多分苦手な方だった、かも。こうして勉強会が無ければ斗南さんにずっと苦手意識を持ってたかもしれないと思うと悲しくなった。だって今はこんなにも勉強会が楽しいし、勉強会だけでなくても会話をするようになった。友人の何人かには驚かれたが事情を説明すると納得したようだったが不安げな目を向けられた。


「なぁ…」

(なんか…)

「おーい」

(ムカつく…)

「いーのーりー」
「うわっ」

 考え事をしていると突然目の前には呆れ顔の斗南さんの顔が視界一杯にあって思わず身体を反らす。不意を付かれて、思わず出た声が自分らしくない。つん、と指先で額を突かれ――あうっと目をつぶって恐る恐る開けた先には意地悪そうに笑う斗南さんが居た。

(あ、今のやばい…)

 一つ心臓が跳ねた気がした。身体の中心に発火剤が埋め込まれているように急激な熱さに襲われた。

「難しい顔してンぞ、どうかしたか?」
「ううん、何でもない。けどここ間違ってるわよ」
「ゲっ、まぢ?」

 どうにか立て直そうとごまかしがてら咄嗟に見た参考書に誤答が見られたのでそれを指摘すると斗南さんはクソッと顔をしかめた。

「あー、もうメンド」
「集中切れちゃったわね、休憩しましょうか」
「へーい」

 そそくさと自席へと向かい、鞄から飲料水が入ったペットボトルを掴んだ。ゆっくり飲むと身体にしみわたるように腹部が冷たくなるが、燻った熱は冷めない。動悸も激しく、深呼吸をしてどうにか沈めようと試みた。

 時計を見ればもう六時。あと、三十分かと思っていて気付いたが今日は金曜日だ。明日、明後日と学校がない。
(これって休日もやるのかしら?) しかし、やらなければその先がきつい。
(んー、この際しかたがないか)

「斗南さん」
「あ?」
「明日から連休入っちゃうんだけどどーする?」
「あ、」
「もし斗南さんがいいならわたしは出来るけど」
「あー…、ならお願いする」

 少しは文句や愚痴を言うかと思えば案外素直に承諾したことが意外だった。が、これであと一週間はあるのだから間に合うはずである。取り合えず復習はして、少しずつ新しい範囲に進んで、やっぱり問題は英語よね。

「どこでやんの?」
「うーん、どうしようか。図書館少し遠いもんね」
「ならウチ来るか?」

――ウチ来るか?斗南さん家ってことよね?

「いいの?」
「構わネェよ。あたし一人暮らしだし」
「一人暮らしなんだ。じゃぁ、お願いしていい?」
「オウ」

 一人暮らしなら親に迷惑は掛からないし、気を使うこともない。
 もう一度時計を見るともう二十分になっていて、慌てて鞄に詰め込んでいく。休日勉強するなら全ての参考書、教科書を持って帰らなければならない。わたしは詰め込もうと参考書と教科書に手を掛けるが横から手が伸びわたしが掴む前にさらっていってしまった。

「あたしが持って帰る。ウチでやるならそのほーがいいだろ?」
「あ、うん。お願いね」

 尤もな意見に頷き、ならばと任すことにした。斗南さんは椅子を机の中に入れた後ジャージから制服へと着替え始めた。わたしは片付けながら椅子を前の席の子の机の中へと戻す。

「ぢゃ、帰るか」
「うん」

 最近はめっきり慣れてしまったが最初は一緒に帰ることも慣れずに気まづくなったのを覚えている。まず初めてがあの日だったのが良くない。まだお勉強会をすると言っておらず、偶然鉢合わせた教室内での事は鮮明に思い出せるほど真新しい記憶だ。


「あ、土日夕方からバイトなンだけど」
「なら、バイトまでやりましょうか」
「うん、すまン」
「いいって」

 歩幅を合わせながら帰路に付く。途中までは道が一緒だけど十分もすれば分かれ道に差し掛かる。十字路の手前、わたしは右へと、斗南さんはそのまま真っ直ぐと直進する。立ち止まり、また明日と言いかけた所で斗南は溜息を吐いた。

「なぁ、祈。ウチわかんないよなぁ?」
「うん、知らないわね」
「あたし達連絡手段ねぇよ」
「―――…あ」

 何故気付かなかったのだろうか。そういえばわたし達はメールアドレスおろか、番号も知らないではないか。

「アンタって抜けてンな」
「…たまにそういうときもあるのよ」

 ――あっそ、と斗南さんはポケットから黒い携帯を取り出し「送るわ」と前へ突き出したのでわたしは受信ボタンを押し同じくその黒い携帯に合わせた。


「メールするわね」
「どうも」


 今度こそ、さよなら。また明日ね。







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