だから、いつも急なんだってあの先生。


「と、言うわけだからよろしくね」

 参考書を胸に抱いて目の前に立つ人物はにっこりと笑って言った。何がよろしくなのか全くわからない。

 今朝、ホームルームが終わり一限が始まる直前あのいけ好かない担任が淡々と告げたのだ。

――『斗南さん、あなた今日から期末テストまで祈さんとお勉強会ね』

 まるで今日の朝食はパンですからね、と言われたかのようにサラッと告げ早々に目の前からいなくなったのでまず何を言われているのかわからず困惑していると、今度は祈が目の前に来て――と、言うわけだから、よろしくね。と微笑みかけられた。

「あのー、どういった御用件で?」
「今日から私が斗南さんの勉強を見ます」
「だから、そんなのいらねぇって」
「駄目なんです。今回の期末テストで五教科で一つでも赤点があると進級おろか、卒業が危ないのよ」
「あー、……よくわかった。一人で勉強する。で、赤点取らなきゃいいんだろ?」
「それも駄目です」
「は?」

 もう良くわからない。赤点を取らなければいいだけの話しであって、祈に世話になることはないはずだ。それを何故ダメだと一蹴にされなければならないのか。

「ひつぎ先生は宮本さんを教え、わたしは斗南さんを教えるってことになったのよ。あなたには最後まで付き合ってもらうわ」
「はぁー…、」

 もう勝手にしてくれ。わたしは机に突っ伏し溜息を吐いた。



***



 勉強会は授業が終わって、完全下校の六時三十分までの放課後になった。二時間半だけの講義となるがわたしには十分過ぎるほど頭が疲れていく。今やってるのは英語。一番わたしが不得意とする教科であって、もちろんさっきから祈が言ってることは意味がわからん。エイゴ?なにそれ、何語?本当に意味不明なんだけど。思わずわたしは――何言ってんのアンタ、と吐き出すと目の前の端正な顔がみるみる呆れ顔になっていった。

「だから、これは目的各のitなんだって」
「あー、そうなんだぁ。へー」
「あなたわかってないでしょ?」

 右手に持つシャーペンを頭に当て顔をしかめた。横文字は全部同じに見えてしまう。それに加えて何構文だとかなんやかんや単語のスペルを覚えなければならないだとかもう頭はパンク寸前。「おおー、シット。パンクか?ナンシーやっとパンクの素晴らしさに気付いたかぁー、」脳内で形成された悪友の顔が出てきて無理矢理押し込めた。多分それほど滅入ってるらしい。

「こんなのわかるわけねーよ」
「これテスト範囲よ?」
「知らん」
「はぁー…ちょっと、休憩しましょうか」

 祈は困ったように笑った。あ――…、多分それが本当。たまには素直な一面も見せるらしい。どっちにしろ気を使わせてしまっていることに申し訳なさを覚えた。断ったにしろ、何かしら裏があるにせよ言ってしまえば自分のために時間も割いて教えてくれているのだ。期末テストが近いのだから祈自身の勉強もあるというのにわざわざこうして放課後を使って残ってくれているし、それに勉強を教える祈はただ必死に細かく解るように教えてくれている。


 ちゃんと授業に出て、眠らず綺麗にノートを取ってそれをわたしに見せてくれているのだ。

(あー、なんか……)

 ゆっくり立ち上がって自席へと向かう祈の後ろ姿を一瞥して、徐に机に置いてあるペットボトルに手を伸ばした。キャップを開けてゆっくり傾けると冷たいお茶が渇いた喉と疲れた頭を潤していく。祈も同じく飲み物を飲んでいた。

(悪い、よなぁ…)

「どうかした?」

 腑に落ちない顔をしていたのかもしれない、片手にペットボトルを持ったまま祈はまたわたしの前へと座った。

「いやー、…」
「ん?」
「なんか、ごめんな?」
「へ……?」

 祈は突然のことに目を丸くし、まぬけな声を出した後、「え、何が?」と呟いた。

 ――いや、なんか時間割いてまで教えて貰ってるのに文句ばっかりだし、と…続けるが伝えたいことはバラバラで言ってるうちに恥ずかしくなってきて後の方は聞こえないような小さな声になってしまった。こういうのは慣れていない。だって友達という友達なんていないわけで、(あの馬鹿は別として)こうも面と向かって本音を言うってことにも謝ることにもお礼を言うことにも慣れていない。あー、と唸りたくにりながらも

「と、とりあえず。サンキュー…まぢで」

 とぶっきらぼうに告げた。
 かぁっと顔に熱が帯びてくるのがわかった。祈と違ったポーカーフェイスを持っているがどうにも隠れてくれそうにない。顔をしかめて口元を隠し直視出来ないので目線は泳がせていると、ぷっと吹き出す音が聞こえた。そして次の瞬間

「フフっ…アハハ」
「なっ、笑わなくてもいいじゃねーぇか」

 盛大に笑われ遂に顔は真っ赤。怒鳴り睨むが効果なし。

「だって、斗南さん面白いんだも――っくっハハ」
「ばかやろーっ」

 渋りに渋り顔の熱を冷まそうと手で仰いでも治らず手に持つペットボトルを頬や額に押し当てた。そうしてる間もツボに入ったらしい、壊れたように笑う祈をただ黙って睨むしかなかった。

「気は済んだかよ…?」
「ごめっ…くっ、怒らないでよ」
「誰のせいだよ」

 らしくないことをしなければ良かったと後悔したけれど祈がこうも声を上げて笑ったところを見たことがないあたしは内心結構驚いていた。笑ってごまかすポーカーフェイスの持ち主は至って平静を保ちいつも愛想を振り撒くもんだからつまらない人間と思えば中身は負けず嫌いのツボが妙に浅いオジョーサマだった。

「はぁ、なんだよ」
「なによ?」
「別に、こっちの話し」
「何よバカ」

 笑えるじゃん。しかもなんか口調が子供っぽくなってるし。

「教えてくれないなら結構です。さー、休憩終わり。やるわよ」
「はいはい」

 笑って元気になったのかピカピカつるつるの顔面をさらけ出す祈は上機嫌。あたしはというと余計に疲れて肩を落とした。これ、休憩?違うでしょ?辱めてるだけでしょ。

 そんなことを思いながら開きっぱなしだった教科書に目を向けた。不思議なことにさっきまで嫌だったはずの英語が案外可愛く見えたのだ。







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