自分の知らない彼女の表情、声、仕草、そんなモノを目の当たりにしてしまえば結局のところ報われるモノなんて何処を探してもない。飛べたと思ったアヒルはただ浮いていた。浮遊の意味を理解し損ねたバカなアヒルが一羽。きっとそれがわたしなのだと、ゆかり本人はこの不毛な感情を抱いてからずっと思ってきた事であった。気付いていて目の当たりにしてしまた場合、ゆかりに選択肢は極わずかしか残されていないのだ。


「何を描いているんです?」
「んー、描いてるというより描こうとしてるんだけどわたしでは描けないみたい」

槙は困ったように笑った。なにを?などと、ゆかりは決して言わない。持つ筆の柔らかな切っ先が、薄くした黒を含んでいる。それだけで人物像なのだとゆかりは容易に把握して、最大に悲惨な結論も隣り合わせである事を知っていた。











「斗南さんって意外と女の子なのね」

彼女の唇から出た名前に意味がわからず、ゆかりは黙ってその横顔を見ると槙の目線は遠く先を見ていた。それに促されるようゆっくり直線を辿る。そうしてゆかりは槙の視界の中心を垣間見ることになった。ほんのり頬を赤らめた斗南はぶっきら棒に祈からハンカチを貰っていた。何やら口論の末、渋々と擦りむいた膝を乱暴に拭っている。何やら不服そうにも見えるその表情から、不本意な行いだった模様で、きっと半ば強引に祈は斗南に押し付けたに違いない。

「どこがです?女の子なのは認めますよ。女子しかこの学園にはいないので」
「そうなんだけどね、そうぢゃなくて、、あぁいう表情も見せるんだなぁ〜って思っただけよ」

槙は緩く笑った。ゆかりはそんな槙を見て何も言えなくなる。斗南の名前を本人が居ないこの空間で零すのは初めてだった。なぜ、と疑問も浮かぶ。明らかに何かがまざっているのだ。でなけらば、そんな瞳を向けない。柔らかい瞳は彼女の象徴でもあるというのに。優しい風に槙の柔らかな髪が泳ぐ。その先を見続けている槙の瞳は風に負けないぐらい柔らかく、ちらつく哀愁があった。何を考えているのかゆかりには皆目見当は付かないけれど、何故かその場に出くわしたくないと思う。それが、ゆかりにとって初めての嫉妬であったのだと、遅れて気付くのだ。








ーーー描けないなら描かなければいい。

そんな事を思っても言えるはずはない。描けるモノを描きたいだけ描く満足感と描けないモノを描けるように想像する苦悩は相対であり、羨むモノだとゆかりは知っている。描きたいモノがあるのだ、、、少なからず槙は彼女を描きたい。しかし、それは背徳感であり、身の程知らずーーー自分と重ねるのもおこがましい限りなのだが、、槙に気付かれぬようそっと、ゆかりは息を吐いた。

「描けたらいいですね」
「そうね、、」

ゆかりは困ったように微笑む槙の隣へと移動した。


「でも一生描けそうにもないみたい」

描けない時の敗北感を味わっている二人の平行線上は真っ直ぐ交わることはない。諦めたように呟かれたその言葉にただ、同意しそうになっては唇を噛み締める。

「そう、ですか」辛うじてゆかりは言葉を紡ぐ。槙はそれ以上何も言わず、だだっ広い白いキャンパスを見ていた。





好きだ、と言葉を聞いたことはない。ゆかりも言ったことはない。しかし、伝わってしまうのは心境が同感してしまっているからなのだろうか。同じ心境を同じ空間に入り混じらせているからなのか。

槙のその瞳はゆかりには絶対に向かない、その声で愛は囁かれない。一方的な感情を疎かになんて出来ないのだけれど、ぶつける強さもない。そんな平行線上に足が粘着している槙とゆかりは其処から動けず、ただ全てを持て余す。






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