帰り際、先生に呼び出されて職員室へと向かうと何故か先生は浮かない顔をしていた。どうしたのかと思いきやその内容が問題児の赤点のことらしい。どうやら、二年にもなってこの点数では流石に卒業おろか進級も難しいとのこと。

「で、何が言いたいんでしょうか?」
「あら、あなたならここまで言えばわかると思うんだけど」
「私に斗南さんの勉強をみろってことですか?」
「わかってるじゃない。学級委員長兼、学年トップの祈さんなら出来ると思うわ」
「拒否権は?」
「ないわ」

 にこりと有無を言わさない微笑みがまた怖い。脚を組み替えて私の反応を伺うのがまた心底楽しいのだろう、顔に滲み出ている。ウェーブがかった金色の髪の毛を揺らしながら声を上げて笑うこの担任――ひつぎ先生は「お得意のポーカーフェイスが取れてるわよ」と呟き私はなんとも言えない居心地の悪さを覚えた。まず先生が職権濫用などという行為をしていいものだろうか。この人はそういう人なのだけど。

「ひつぎ先生がみればいいではないでしょうか?」
「あら駄目よ。わたしは宮本さん担当なの。二人もみれないわ」

 この人担任ですか?斗南さんもれっきとした生徒ですけど。ちなみに宮本さんとは斗南さんと並ぶ馬鹿である。真面目で熱血、運動は頗る良いしやる気はあるが勉強はてんで駄目らしい。

「だからあなたに見てほしいのよ。学級委員長さん」

 このやり口は本当に卑怯だと思う。こうなると分かって学級委員長にしたのだろうか、どっちにしろ全てが職権濫用である。見事なひつぎ先生ワールド。この人には絶対に勝てないと毎度思ってならない。

「わかりました」

 渋々と承諾するとバンッとどっから出したのか何冊もの参考書を机に置き、またにひるな笑みを浮かべてひつぎ先生は口を開いた。

「ちなみに五教科お願いするわ」
「ご、五教科もですか?」

 流石に驚いたわたしは身を乗り出し抗議しようと口を開きかけたがそれはひつぎ先生の静止の手で止められ口をつぐんだ。

「期末テストまでに少なからず五教科赤点を免れてほしいの」
「期末テストって…」
「えぇ、あと二週間とちょっとってところね」
「無茶苦茶じゃないですか?」
「そうかしら?あなたなら出来ると思うのだけど。ちなみに宮本さんをそこまで上げられる自信がわたくしにはあるわ」
「……」

 だからそういう言い方は卑怯ではないだろうか。多分この人はわたしの性格を良く理解している。精神年齢は上だと良く言われるがまだまだ子供。挑戦的な笑みを浮かべられたなら乗ってしまうだけのやんちゃさも負けず嫌いさもあるというもの。そして何よりプライドが高いのも多分この人は知っているに違いない。案の定、まんまと乗せられた私は承諾してしまった。

「わかりました。赤点を取らせなければいいんですよね?」
「そうなるわね」
「ご期待に答えてみせますわ、ひつぎ先生。失礼します」

 直ぐにでもここから立ち去りたくなり性急に事を済ました。ひつぎ先生を見るなり不敵に笑い、職員室を涼しげに出たが、実際腹の中は煮え繰り返るほど苛立ちが萬栄していたのは事実で、これはれっきとした挑戦状。言わばひつぎ先生が教える宮本さんと私が教える斗南さん、どっちが五教科の点数が高く取れるかという勝負事がかかっている。

そうだ、わたしは
(喧嘩を売られたのよ)

 気に食わない。実に、あの人は怖いと思う。まんまと乗せられた時点でもう負けているのだからこの勝負必ずや物にしてみせる。そしてわたしも変わらず学年トップを維持さえすれば完全勝利というわけだ。

「ひつぎ先生、あなたには負けないわ」

 独り言は直ぐさま消えた。鞄を右手に持ち、抱えるように左手で参考書を持ち、私は帰宅しようと玄関口で靴を履き変えようとして気付く。



―――…あ、

「わたし日直だ…」


 何故この日に、とうなだれては面倒だと一つ、溜息を吐いた。そして早く済ませようともと来た道を引き換えした。



***



 教室に戻ると消したはずの電気が付いていた。最後に教室を出たのが自分だっただけに気になるが、まぁ教室であるのだから生徒の一人や二人居て当然と言えば当然。しかし、放課後になって一時間も立っているし今はテスト期間中で部活も休み。

 廊下の窓からも赤い光りが降り注いでいた。

――こんな時間に誰だろうか

 閉められているドアに手をかけ遠慮がちに左へと流しそこから覗かせると一人の生徒が窓から外を眺めていた。あ、と声を出しそうになったのをすんでで止め、後ろ姿をまじまじと見るとドアの開く音で気付いたのか彼女はゆっくり振り返った。

「祈か…」

 ウエーブがかったパーマは校則違反。耳に付いたピアスも口に付いたピアスも校則違反。ちなみにスカートの丈も校則違反。全てが校則違反で包まれている、言わばさっきまで話しの中心にいた問題児の姿がそこにはあった。

 何故だかどきまぎする。あまり人と会話をする時は緊張などしないのだが彼女は別だった。彼女が持つオーラだとか、その力強い目つきだとか、別に恐怖といった感情はないにせよ彼女と二人となったことがないからなのか異様に緊張感が増していく。

「どうした?」

 そこでハッ、とする。固まったまま動かない私を彼女は訝し気に見ていた。

「あ、いや。わたし日直で…」
「ああ、最後の点検とかあるんだっけ?ニッチョクって。ここにいたら邪魔だな」

 ただ単に、どうした?という質問に日直だと返答しただけなのだけど、斗南さんは何を勘違いしたのか邪魔だと認識したらしい。多分わたしがドア付近で固まってしまったから怖がったと思ったのだろう、斗南さんは直ぐに自席へと戻り鞄に必要なものを詰め込んでいった。

「いや、全然ここに居ても構わないんだけど」
「あ?そうなの?」
「うん」

 告げれば――なんだ、と零し鞄を机の横にまた引っ掻け自席の机を椅子に腰を下ろし、そしてまたさっきのように赤い夕焼けの空を黙ったまま眺めた。そんな斗南さんを見てわたしはそういえば斗南さんとちゃんと会話をしたことがないかもしれない。と今頃になって気付いた。もしやわたしはとんでもないことを引き受けてしまったのかもしれない。思えば会話をした記憶もないのだから性格おろか、親しげさもない。何故こうも承諾したのかと自問自答して、結局あの先生の口車に乗せられただけなのだとげんなりした。

「仕事しねーの?」
「……す、する」

 突然声をかけられて心臓が跳びはねた。よもや、口から出そうになるほどに。わたしは取り合えず落書きや、授業時のチョークの後を消そうと黒板消しを持ち端から順に消していく。ちなみにわたしはオウ型ではあるがこういった繊細な作業は好きである。丁寧に消していくこと半分、何やら背中に視線を感じてならない。だが振り返る勇気もないため知らんぷりで手を進めていく。



―――…

(なんなのよ…)


 ちくちくと突き刺さる視線がどうも気になり我慢ならずゆっくり振り返ると案の定視線が合わさる。恐る恐るといったふうに――「なんですか?」と問うが一言。ぶっきらぼうに「別に」と返され返答に困った。

「あら、そうですか」

 だから一言。わたしも微笑み帰すと斗南さんは予想だにもしないことを言い放った。

「祈って、顔に出やすいな」
「はい?」

 何を言ってるんですか?この人は。冗談かと思いきや真顔過ぎて冗談ではないようで、装うように貼付けた笑みをじーっと見ている。自慢ではないが貼付けたポーカーフェイスがばれるのも崩されるのもひつぎ先生と親友の玲以外他にいない。

 笑顔を崩さぬまま――あら、そう?とごまかすと
「ま、いいけど」
 斗南さんは吐き捨てるように言った。そこで会話は途切れた。斗南さんが顔を逸らしまた空を見たからだ。わたしはまた手を動かし最後まで黒板を綺麗にしていき、次に教卓から日誌を取り出し自席で黙々とシャープペンシェルを走らせる。

 その間も斗南さんが帰る雰囲気もなく動く気配もない。たまに感じる視線だけが妙に気になるが今度は振り返ることもなくただ日誌と睨めっこ。終わる頃には赤と黒のコントラストが空に掛かっていた。ふぅっと一つ息を吐き、両腕を伸ばしてんーっと背もたれに体重を預けた。

「終わった?」
「あ、うん。終わった」
「なら、帰るか」
「へ?」

 斗南さんは立ち上がり机に横に掛かる鞄を持ち、唖然としてるわたしを余所に教室を出て行ってしまった。

 わたしは動けずに働かない頭をフル回転。もしかして…
(待っててくれた?)

 まさか、と思うがどう考えてもそこに行き着く。毟ろそれしか有り得ない。

「おーい、帰らねぇの?」

 一つ頭が飛び出てまた消える。すると固まっていた身体は解かれ、慌てて日誌を教卓に置いた。

「ま、まって!!」

 もしかしなくてももしかしたのだ。わたしは筆箱を鞄に終い直ぐさま斗南さんの後を追った。







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