強気なその顔が歪む過程を紗枝は美しいと感じた。はらはら、と頬を伝う水が血液だなんていう事実が信じられないほど、神秘的であった。砂漠に小さく佇むオアシスのように、輝いて見える。きっと、それが彼女の物でなければそこまで思わなかったに違いない。


「玲…」

なんで泣いているの?

そう紗枝は問う。しかし、玲は泣き続けた。答えは飲み込めなかった嗚咽で阻まれ、噛み締める事も出来ず歯の羅列から情けなく漏れていく。そんな痛々しい程の彼女に目を背けもせず魅入っていた祈紗枝の中心がギュッと締め付けられた。


「玲、、」
「お前はッ、、紗枝 ーーーおま、ぇは」
「うん。ちゃんと聞いてるよ?」

泣き虫さんね。言えないまま、案外小さな手を両手で包み込みながら摩った。いつか白いノートにふざけて、手形を取った。紗枝よりも小さかった玲の手。その小さな掌で護られてきたのだと祈は改めて感心したのだ。


ーー遠かったね、
ーーそうだね
ーー色々あったわね


そう遠くない昔話。だからこそなのだ。祈は摩る手を玲の指先から辿り、腕へゆっくり駆け上らせた。そして、その立派な肩に添い傾く首に腕を回せば、縋る手が紗枝の服を掴んだ。



何処かで生徒が笑う。剣同士がぶつかる音。
雑音では紗枝の鼓膜は震わせられない。紗枝の五感は玲で埋め尽くされていた。









我慢の意味がわからない、と紗枝は思う。一人の女の子だとしても紗枝は沢山の事を諦め、、それは玲も同様であるけれど、根本的な性格。我慢している自分自身を紗枝は気にせず生きてきた。そうして外見に現れた笑みはいつの間にか紗枝の武器になり、護り続けていく。

そう、紗枝は玲よりずっと器用に諦めてきたのだ。玲は諦めたいと思い続けて無下にできず、区切りを付けられずにいた。


自分の中のコップがいっぱいになっている事に気付きながらも、見て見ぬ振りを決め込んだ後の末路。それが今の状態まで玲を追い込んだとしても、、それでも決して紗枝は笑えなかった。冗談も言えなければ、ぞんざいにだって扱えない。


こんなにも純粋な感情、痛いぐらいに紗枝を突き刺す。


玲のコップいっぱいに溢れた感情を掬い上げて、自分に流れてしまえばいいと祈は強く強く抱き締めた。一つ残らず。溢さないよう、独り占めしようとした。

震えた肩が直に伝わるを感じて、ゆっくり祈は瞼を閉じれば、二人の世界だけ。幻想に過ぎない世界に二人だけだった。






「我慢しなくていいよ、玲。。我慢しなくていい」


意を決したように玲の腕が強く、華奢で折れてしまいそうな紗枝の身体を抱き締め、より一層震えた。玲の顔は祈の胸へと押し付け、くぐもる声が怒濤に紗枝の心臓へと反響させた。




「紗枝、さぇ!どこにも、行くなっ…。いかない、で、、、 すき、な んだ…」


ヒキガネとかす。其れは、あまりに甘美に祈を支配した。人前で泣かない玲は赤ん坊のように泣きじゃくった。無垢で、穢れを知らない、尊い感情。


「ぜんぶ、うまく、いかなかったけどさ…お前だけは、、、はなし、たくないッ」

なんてセンチメンタル。卒業まじかだとか、そういう事もあったのだろう、玲の歯止めなど等に欠落していた。それを紗枝はとてもとても、美しく思う。キレイで、キレイで、飴玉のように甘い。

指先は傷つけるように服に食い込む。肩に目元を押し付けた。


あぁ


「玲、好き…」



もっとストレートで良かった。シンプルで我儘の方が良かった。きっと、紗枝が思うより小難しくなくて、玲が望むより近くて、手を伸ばせば触れる距離。




「離れろなんて言われても離れてやらないんだからっ」


これが最大の我慢だったのだと紗枝は唇から伝わる振動で理解した。祈の頬を伝う涙は綺麗に玲の涙と混じっていく。紗枝は始めて玲の前で涙を流すのだった。






ーーーー
もっと早く吐露すれば、否…できなかっただけなんだ、、、



ただ玲を泣かしたかっただけw





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