夜寝る時おやすみ、朝起きておはよう、朝食でいただきます、終わればご馳走様。眩しいぐらいの陽の光と台所に立つ後ろ姿。今日はすんなり起きたわね。と食器がカチャカチャとぶつかる音に紛れて空気を震わした。そりゃ、な。と自然に一言零したのは言うまでもない。
(そーいえば、祈とでぇーとオ初ぢゃないっすか?)

何時も以上に浮かれてたのはきっとその所為で、心地良い揺れと隣にいるのが祈ってだけでむなっくるしい電車が穏やかに過ごせる。目を閉じてそれを堪能しているけれどーーゴトン、ゴトンと時より軽く下から突き上げられたような衝撃によって微睡みにさえ行けずにいて、気付けば目的地の駅なのだとアナウンスが教えてくれていた。

ーーー次は、×××駅、次は、、、

通り過ぎてきた各駅よりやっぱりこの駅が一番、降りる人数が多いと思った。あたしははぐれないようにちょっぴり祈の指先を握ればやっぱりちょっぴり祈の指先に力が入ったと思う。少しの恥ずかしさとたくさんの幸せはこんなところでも大活躍。咄嗟だったけどいつの間にか自然?(まだちっとばかしぎこちないかもしンないけど)手を繋げる事だって出来るようになった。屋内ぢゃ普通でも屋外ぢゃ、やっぱ照れくさいのが正直まだあるのだ。

「切符出さなきゃ」
その声にそっと手を離して祈は財布を開けて一枚の切符を出した。あー、勿体無い。そう言ってごちるのはその切符の一番下の数字。買った時に子供っぽくはしゃいだ祈の顔が浮かんで消えた。

「ンなもん、なくても両想いっしょ?」
「なんか最近、斗南さん大胆よね」
「事実ぢゃんよ」
「そうなんだけど…そうぢゃないのよ?気持ちの問題。だって本当に両想いで付き合えて、始めてのデートで両想い切符。しかも八十九パーセントなのよ?嬉しいだもん」
「そうかよ…」
「そうよ!!あれ、斗南さん切符買わなかったんだっけ?」
「ん?あたしは顔パス」
「ハイハイ、タッチ式ね」

冗談と本音と惚気に混ぜこざにして成立していくこの時間は結構気に入ってる。でも、馬鹿だと思う。なんたって八十九パーセントの両想いなんてあたしと祈の間には成立しない。百パーセントのそれだから、きっとそう思ってしまうあたしも馬鹿惚れしてて、両想い切符に嬉々している祈も馬鹿惚れしてればいいと思う。そうして切符は大事に祈の手から無くなり、あたしは隣の改札を通る。また手を繋いで機嫌が頗る良い祈と歩幅を合わせた。



***


「凄いわね」
大きな目が余計に見開かれてそう言った。キョトンと立ちすくむあたし等は園内のスタートラインでそこはもう混雑。人、人、人。
人の波だった。覚悟はしていたもののそれは予想を遥かに超え唖然。そんな状況に紛れながらも視界に留めた施設の大規模さに、へー、と嘆息混じりに吐き出した。

「ま、当たり前か」
「そーね」

新品のオモチャを前にすれば人間は興味が湧き、気に入れば夢中になる方が普通の反応だろう。あたしはそんな思いを此処に抱かないけれど、、、

ーーわたし絶叫マシン好き。
と昨日嬉しそうに言った祈を満足させて一緒に楽しむという目的の元、こんな人混みだらけの隔離施設に赴いたのだからそれなりに、ね。あたしはパンフレットを片手に辺りを見渡した。

「もちろん、エスコートしてくれるわよね?」
「あったりまえっしょ?おジョー様。エスコートさせていただきます」

とりあえず、何乗りたい?
と冗談交じりに言えば笑顔からの無言の圧力で押し返されたので、ジョーダンですと苦笑を浮かべて手をとった。

蛇のような行列はパーク施設の醍醐味。ここで付き合いたてのカップルは話題の無さと気まずさに耐えきれず断念していくに違いない。最後列。そこに立つお姉様は他の乗り物より度を超えた二時間待ちを示すプレートを持っていた。それもそのはず、このパーク内の一番はこれだ!っと言っていい。所謂看板娘。
(多分この言い方は語弊だけど…)
ほぼ垂直で落ちる長いレーンの一番上からは悲鳴。そのままグルグルと超スピードで三回転。速さは祈の見切り並みに速い。多分…
とまぁ、人気があるのは目に見えていたのであたしはポケットの中には手を突っ込んで用意してあった紙を出す。必殺技と言っていいほど有り難い紙だ。

「ちょ、待って。祈、」

最後列の途切れたそこに並ぼうとする祈を制してそれを見せて笑う。

「なにそれ?」
「ずりーと思うけど裏技。星河特製フリーパス4回分付きの件。こーなるんぢゃねーかなぁーって思ってたからさ」
「あらー。用意周到ね」

祈はその券をヒョイっと取って裏表とマジマジと見た。

「でも、なんで紅愛?」
「あーー、ココの事も星河から聞いて、ちょうーどフリーパスの件が二つあっから一つ貰った」
「へー、…でもよくあの紅愛がタダであげたわね?」
「ま、まぁな」
「しかも、クラス別だったわよね?」
「あー…」
「接点あったの始めて聞いたんだけどなぁ〜」
「あーーーーー…」

ジト目で迫る祈に目を固く閉じて耳を塞ぎ、声を出して外観の声を遮断しよーとしたけど無理だった。耳を塞ぐ手の直ぐ近くで祈の質問攻めは繰り広げられていて、困ったことにあたしの耳は都合の悪い事でさえ祈の声なら拾ってしまう特殊能力を備えている模様。

全て丸聞こえだった。

「わたしには言えない事なのね?」
片目だけ恐る恐る開ければ目の前にはどアップな祈さんが御立腹のご様子。
(待て待て、あたしは喧嘩しにきたんぢゃねーぞ…)

ラチがあかないと思い、とりあえず足を進める。おとなしく着いてくる辺りまだ大丈夫なようで、入り口に券を見せてフリーパスの通路を歩く。

ただ沈黙。耐え切れず振り返ればプイと顔を逸らされた。ガーンと何かがあたしを殴る。それをもぐっと堪えて下に降ろされていた手を勝手に取って、またグングン歩いた。
振り払われなかったのでチョイ安心。

言うのは簡単だ。

しかし、こちらにもプライドと歪な友情とかいうあたしに似つかわしくないものがある…。なんで知ってるかなんて愚問。そりゃ、悪友の好きなヤツの顔と名前は嫌でも覚える。と、それを第三者のあたしが告げていいかでまず、悩む。

案外初心なあのつり目の顔といつも自分を綺麗にする努力を怠らないこれまた同じぐらい初心な整った顔を思い出して困りはてる。それなりに面識もあるわけで、あたしと祈が付き合った事なんて言ってなくても星河は気付いていた。
それに…
(あたしがこの券を手に入れるためにどれだけの苦労をしたか…)

頭はキレる。回転も速い。意地悪く楽しむあいつの顔は今も忘れない。

渋るあたしは葛藤していた。グルグルと。あのジェットコースターのように。
悶々と唸っていれば後ろからクスッと笑われて、勢いよく後ろを向けば
「冗談よ」
と舌を出した。

「わたしが玲の恋沙汰を知らないわけないでしょ?玲のことはわかっちゃうから。全部お見通しよ。ちょっと斗南さんの困った顔が見たかっただけよ」
「…悪女」
「可愛かったわよ、唸ってるとことか」
「コッチは困ったわ」

やられたと舌を巻く。よく考えればわかることで、遊ばれたのだと悔しくなった。ちょっとばかし、不機嫌になったのは言うまでもなく、それは遊ばれたとか騙されたとかしてやられたからとかではなかった。

「へー、神門の事はなんでも知ってンだ…」
「…幼馴染ですもん」
「あ、そうですか」

スタッフに促されジェットコースターに乗り込む。今度はあたしが黙り込んでしまった。そんな些細な事流しちまえばいいのにと自分にごちって小さく溜息。
座って上からレバーが降ろされる。なんだこれ、ただ不貞腐れてかっこ悪いヤツぢゃねーか。もっとクールに、クールに…呪文のように心の中で唱えていると肩の辺りをくるくると指先でなぞられた。犯人なんてそりゃ、一人しかいないわけで、あたしは隣を見た。
さっきよりも近いその顔は本当にあたしの眼前で、よりによってこんなところであちらから唇を塞がれ、にんまりと笑う祈は


「本当に可愛い……好き。
知っているのは玲だけど、これから知っていきたいのは斗南さんよ?」

ガチはずかしー。まぢで。チョーかっこわるっ。顔に熱が集中して固まる。意地を見せて何か言おうと口を開いた瞬間…

「斗南さん、前向いた方がいいわよ」

その声に、へ?っとマヌケな声をあげればアナウンスの「GOー」と言う声が聞こえて、次には風が圧力があたしの身体を背もたれに縫い付けられていた。

「ぐっーー」
「キャァーーー」

楽しそうですね。あたしも楽しいんだけどいきなりすぎて舌噛んだ。
吹き飛ばすような速さと祈の悲鳴と、あたしの可愛いジェラシーを乗せてジェットコースターは暴れまくる。

短時間にいろいろあざーす……







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