何時もの十字路でバイバイ。手を振って揺れるウエーブの髪を見詰めた。そして軽快に地面を蹴る。隠しきれない嬉しさに足取りは軽く、何時もよりも短時間で家に着いた。母に一言、今日は泊まってくると言えば後ろから我、妹はニヤニヤと頬を緩めていた。憎たらしけど可愛い。斗南さんがうちに来たことはないけれど、勘の良い妹は多分気付いている。誰と言ってなくても玲ではないことは目に見えているとして、恋人が出来たのだと言っていなくとも長年一緒に暮らし一番近い存在なのだから姉のちょっとの変化にも気付いてしまう。
(今度紹介しよ)
そうしたいぐらいの相手なんだと、家族には理解して欲しい。そう思いながら下着を詰めていく。ーーータオルとパジャマは借りるとして、歯ブラシ…と、(あとなに?)鞄の中身を見ればガラガラ。必要なものなんて最低限あれば斗南さんの私物で賄ってしまうことに気づいた。軽いに越したことはない。
「いってきまーす」
取り敢えずと私服に着替えて早々に家を出た。
***
「はやくね?」
「はやくないわ」
遅いぐらい、と言えば斗南さんは呆れたように笑った。一分、一秒でも無駄なんてしたくない。この先何日、何ヶ月、何年居ようとも今のこの瞬間は戻らないし同じ時間は歩めないから。そう言えばやっぱり斗南さんは呆れたように笑うかもしれないけど多分否定はしないと思う。これは時惚れてもいいぐらいに。
「明日なんかあんの?」
「ないわよ」
「運が良い事にここに遊園地の無料券が二枚、ーーー行くっしょ?」
「行く!!」
斗南さんの匂いが充満する部屋に擽ったい気分になりながら彼女はにっと笑ってチケット見せた。ヤバイ、嬉しいと思いながらそれをマジマジと見れば最近出来たばかりのアミューズメントパークのフリーパス券。入手困難だと紅愛が言っていたやつだった。苦労したのかもしれない、しかもわたしのためにと思えば舞い上がるような気分だった。
「でも、どうしたの?これ?」
「もち、祈と行くためにちょこっと裏ルートをね」
照れたようにはに噛んだ斗南さんは何時だってかっこ良くて可愛かった。ちょこんとベッドを背凭れにして座るとベッドとあたしの間に斗南さんがすかさず入って後ろから抱き締められた。お腹の上に回された腕。密着したのは何時いらいだろうかと考えてやめた。否、首筋に埋まる斗南さんの顔とギュッと少しの力加減で抱きしめられる腕に考えられなくなったと言った方がいい。
「明日楽しみ」
「ん、良かった」
やっぱり本人に包まれた方が断然良いに決まっている。
斗南さんはそばにあったリモコンのボタンを押した。ただぼんやりとテレビの音と映像が流れてそれをなんとなく見ていた。それでも密着した間は開かれることなく、そのままで人肌の体温がなんとも心地良い。
「なに食う?なんか作る」
「あら、斗南さんの手作り?贅沢すぎるわ」
「なんなら、祈が作る?」
「それ、斗南さん贅沢だわ」
「ぢゃぁ、どーすりゃいいんだよ」
ククッと斗南さんは笑う。それにつられてあたしも笑った。あなたと居れるなら全てが贅沢よ。その言葉奥底に閉まって幸せを噛み締めた。
「よっしゃ、今日はアタシ。今度祈が作ればいいんじゃね?」
ーーーこれでおわいこ、
そう言った斗南さんの腕が動いてくるっとあたしの身体が反転。見れば目の前に綺麗な斗南さんが笑っている。今日はよく笑うと思った。コツンとおでこが合わさって笑い合う。照れ隠しに一つ斗南さんの額に唇を落とせば、ばかっと頬を赤らめておでこを指ではたかれた。
「痛いわ」
「祈が悪い」
「そんな表情してたら説得力ないわよ」
「うるせー」
ムッと顔を顰めてお返しとばかりにあたしの唇に斗南さんの唇が触れた。チュッと音を立てて離れる可愛いものだ。
「祈、顔赤い」
「誰の所為よっ」
「あたしなら嬉しいね」
あなたに決まってるでしょうが、その言葉は斗南さんの唇で空気に触れることもなく飲み込んでいった。