朝が滅法弱いあたしは低血圧でいて睡眠という生命活動が大好きだから、大概の事態がない限り飛び起きるという動作がなかった。地震が来ようが訪問者が来ようが滅多に途中起床というのはない。(騒音は無理だ、だから煩かったら元凶を探して怒鳴り散らす)脳の構造的に何故か目覚まし時計だけはあたしの生命活動を妨げる唯一の存在で、それ以上のものはないだろうと思っていた矢先、すんなりと耳に触れる柔らかい感触と聴こえた優しい声にあたしはあろうことか飛び起きた。

「ッ…ぬわっ!!」

 勢い余りベッドから転がり落ちるが視界を掠めた人物は何食わぬ顔をしてニコニコしていた。あたしは目を見開き介入してきた人物に驚きを隠せず指を指しわなわなと震えているとよそよそと布団から這い出てきたそいつはあたしの腹の上に乗り固まるあたしに顔を近付けてくるのだから、避けることも拒むことも出来ずに先程耳に感じた柔らかい感触が唇を撫でた。

 一時停止…。目さえも閉じれずいるあたしはさぞかし間抜け面をしているに違いない。というか、あれ?なんでいンの?祈サン。確か昨日は神門がコンビニに乱入してきて色々話して、バイトに戻る気分でもなくなったからそのまま無理矢理帰って普通に寝たはずなンだけど。ちなみにきちんと鍵も閉めたはず…。と考えること多分2秒足らず。温もりが消えたと思えばやっぱりニコニコほほ笑む祈が腹に乗っていた。

 ナンデ?いや、朝一番に祈に会えるのは心底嬉しいんですけど流石にひびります。混乱しパニックを起こす頭に何も言葉が出ずにあんぐりしていると祈は言った。

「さぁ、一緒に学校行きましょう」

 取りあえず…色々吹っ飛ばし過ぎでしょ?





***




「合鍵くれたじゃない」

 祈は呆れたように手を上げるとチャリンと金属音が鳴り響いた。「あ、」とまじまじ見てもそれはあたしの部屋のスペアーキーで、そういえば先日何かあったら使えと渡したんだっけと遠くを見つめるあたしの頭はやっぱり低血圧故にまだボーッとしていた。

「でもさー、」
「うん!」
「まだ5時なンだけど…」
「ええ、朝でしょ?」
「……」

 うん!朝だな!なんて返せるかッ。と思ってもみたりするがそれも溜息に変わり果てた。

「ちなみに、今日は斗南さんの大好きな英語のお勉強最終日でーす。あと五日でテストだからビシバシやりますよーっ」
「…朝からとてもアリガタイ情報ですこと」

 恋人同士であるがそれほどピンクな雰囲気は出ていないけれど、まだ早い時間ともあり布団に包まる二人は寄り添い寝っころがっていた。祈は二人きりになると甘えん坊になる。あたしも気を緩めて普段見せない自分を出すが祈はそれ以上にくっつき虫になる。それはもう有り難いほどに、こっちとしては嬉しすぎて頬が緩んでしまう。「で、ナンデこんな朝早いわけ?」と照れ隠しのついでに問いた。もちろん会いたかったから、だとか一緒に登校したかったからだとかそういった浮ついた言葉を期待していたと言えば少なからずしていた。祈はあたしの期待に見事答え「斗南さんに会いたかったからよ」と笑うが、その次の言葉がまさか予想だにしない言葉だとは思いもしなかった。あろうことか祈は笑みを絶やさず「玲とさっきまで一緒に居たの」と付け加えた。わざわざ起床時を早めたその事実にあたしが気にしないようにと取って付け加えたのだと思うがあたしは内心面白くはないわけで気に入らないことを言われてしまえばムッとしてしまうのは当たり前だろう。しかし朝から喧嘩なんてしたくはないし、来てくれたのは事実なのだからあたしはかも自然に「へー、そーなんだ」と平静を装うように笑った。

「…」

 すれば無言。さっきまで嬉々の笑みは消えパッとテレビを切り替えたかのように無表情になった祈はあたしをジーッと凝視した。あー、もう…ナンデ祈はこうも鋭いんだよと、ハラハラしながらこっちらも笑みを薄くした。

「どーしたの?」
「…いえ、なんでもないわ」

 冴えない顔のまま答える祈はギュッと首に腕を回し鎖骨辺りに顔を埋めた。苦笑しなが頭を撫でて、今のはあたしが悪いなぁっと反省しながらぽつりと呟いた。

「あー、なんだろ?ちょっと気に入らなかったというか…、なんというか……、嫉妬…なのか。………なんかモヤモヤした」

 素直と困惑とちょっぴり照れ臭いそんな歯痒い気持ちをやんわりと言葉に乗せて小さく祈の耳元で告げると腕が解かれ祈は苦笑しながら笑った。

「ごめん、そういうつもりじゃなかったの」
「ン、わかってる。だから祈も気にしないでよ」

 ほんの些細な事でも人間はやっぱり口があるから言わないと伝えられないし言わなければ解ってもらえない。多分言えないことも、言っちゃダメなこともこの先沢山出てくると思うけどありったけのあたしを解って欲しいし、祈のことも解りたいから限界ぎりぎりまでを攻めようと思う。口下手なのは重々承知しているし、ちゃんと愛せているかもやっぱり不安だけど、起用な祈に沢山助けてもらえばいいんだろう。祈の不安はあたしが消してあげたいから。助け合い、寄り添い。共に歩きたい。

「斗南さんって嫉妬深いんだー」
「そうですけど、オジョーサマ限定で」
「オジョーサマッて言わないで」
「はいはい」

 ははっと小さく笑い華奢な身体を抱きしめた。さっきまでのどす黒い感情もスーッと消えて愛しさだけが残る。頬に手を添えて、つぅっと指先で綺麗な輪郭を辿り柔らかい肌を刺激して優しく顎を取り若干上を向かせた。擽ったそうに目を細めた祈の揺れる瞳が熱く燻って濡れている、その妖艶な表情にゾクっと背が撫でられた。薄く開かれた唇にどちらともなく近付くと自然に瞼が閉じそのまま押し当てた。柔らかいその感触。いつまでも触れていたいとさえ思う。薄く瞼を開くと端正な顔付きがそこにはあった。(ヤバい…)求めたくなる。朝から不謹慎過ぎるがどうにも止められないスイッチが入ってしまったようだ。そっと唇を薄く開きそこから舌を覗かせペロッと祈の唇を舐めるとピクッと身体が揺れた。おずおずと遠慮がちに唇が開いたのを確認して焦らずゆっくり舌を口内に入れると熱を持つヌルッとした祈の舌を捕まえねっとり絡ませる。服を握る手が強さを増し、見れば紅潮する頬と余裕のない顔が目に入りキュッと心臓を掴まれたような切なさが上り詰めてくる。

 本当に朝から盛るなんて猛獣か野獣か、そう言われてもなんも反論は出来ないと思う。しかし、止まれない。止まらなくてブレーキを無くした暴走者ごとく頭が祈に占領されていく。

 舌先で歯列をなぞり、舌を絡ませ内壁を愛撫し、強く弱く。激しく口内を犯し時折隙間から祈の声が漏れるだけで真っ白になるぐらいの興奮が包む。

「ッ…は、……ん」

 ヤバいヤバいヤバい。非常にヤバい。ヤバい言い過ぎてヤバい。ほんもう、可愛すぎる。制御不能になったあたしは後頭部に手を添え全体を蝕むように奥まで舌を入れると荒々しく撫でた。祈は息苦し力無く胸元を叩き押し、それに気付いたあたしは舌をそのまま突き出した形で祈の口内から抜き離す。色っぽく口を開き、それが異様に羞恥心を煽ったらしい祈はキュッと眉を寄せ恥ずかしそうに俯いた。あたしはこつんっと額を祈の額に合わせ、頭で上を向かせると額に頬に目元に唇にチュッと唇を落として顔を見合わせる。ニカッと歯を見せ笑うと祈も苦笑し、それも次の瞬間には恥ずかしそうに頬を赤らめ笑った。

 片肘で自分の身体を支えて仰向けに寝る祈の頬を撫でながら白い首筋にゆっくり唇を落とす。身じろぐ祈の細い五本の指がやんわり髪を握ると優しく頭を撫で、ああ温かいなぁと窓から射す光にも負けてないと指先に促されるように舌で舐め上げ、這うように押し付け流れるまま上へと上り耳たぶを甘噛みした。

「っ…」

 そんなささやかな刺激に身体は強張り逃げた祈は反射的に顔を傾け、耳を抑えて真っ赤に熟した。感じさせたい、乱れた祈が見たいと悪戯心も擽り口角を上げたあたしは耳を抑えている手を掴み白いシーツに優しく押し付け祈の身体の上へと乗っかった。体重はかけないように不安がらせないように手つきは優しく唇をなぞる。なんの躊躇もなく今度は耳の奥へと舌を伸ばし、熱い吐息をはくと今度こそ祈は切羽詰まったように声を漏らした。

「あッ、…ま、……と、なみさ…ぅ、だめっ」

 クチュッとわざと粘膜を擦り込み舌を漂わせて軟骨を噛む。同時に指先で首筋をなぞりあげると小さく身体が跳ね「あっ」と可愛らしい声が漏れる。じわじわと流れ出す狂喜を引っ込めて優しく、優しく目茶苦茶にしないように痛くないように安心させるように指で舌で唇で目で、急かさずじっくりと柔らかく包む。その度漏れる甘美なまでな悲鳴に意識が途絶えそうなほど頭くらくらした。しかし、その瞳は歪まれたままだった。駄目だ、理性が叫ぶ。この最後の砦がちぎれたらどうなるのだろう、と自分が恐ろしくなって行為を中断させるべく震えて固くなる身体を抱きしめた。

「ごめん、祈…」

 確かに恐怖を浮かべたその瞳があったのだ。それにハッと気付いて止めても後の祭りだろう。あぁ、自分は馬鹿過ぎて救いようがない。傷付けたくないのに、と震える唇で謝ることしかできなかった。
「ちが…斗南さん、違うの」

 そっと背に回された腕。子供をあやすように背をぽんぽんと叩かれてゆっくり埋めていた顔を離した。無理しているのは目に見えてわかるのに、祈は至って強気に笑っていた。

「初めてだから…怖くて。斗南さんが嫌だとか、こういうのが嫌いだとかじゃないの…」
「祈…」
「ごめんなさい。本当に………、。斗南さんは優しいしちゃんとわかってくれると思う。でもまだ、怖い…。ごめんなさい」
「…うん、ごめん。本当にごめん。あたしが悪いから謝らないで」

 大切だから触れたい、愛しすぎて触れたい。それと同じだけ大切だから嫌がることもしたくないし愛しいから時間をかけてあげたい。この行為に少しでも抵抗を持つならやっぱり意味がない。急かしすぎたあたしは凹む以前に罪悪感で一杯になった。無理をさせたくないのにそれを押し付けたのは確かにあたしなんだから。不安の色が隠せなかったらしい、ゆっくりと輪郭を撫でた手が祈のものだと認識すると下降していた視線を恐る恐る上げた。

「好きよ、」

 さっきまでの強張った笑みではなく心底甘やかすような笑みで祈は囁いた。親指で撫で上半身を起こし唇に押し当てる。辛そうだと思い腰に手を回し支えて受け入れる温もりに洗われた心が剥き出しになった。

「好き…」

 助けられている。洗われている。祈がいないと駄目なんだと、強く思えたあたし自身が好きになれそうだ。祈を好きな自分を誇れる存在でありたい。大切に大切に。人間は忍耐強いことを思い知らせてやる、と心に決めた。







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