斗南は優秀だった。…はずだ。中学の三年間、密かに話題に上がる名前の人物に出くわしたことはなかったが噂だけなら他校にも轟いていた。

秀才で運動神経抜群の不良。

 大層な肩書であるが、玲自身も他校の噂の的であり目に付くらしく日常茶飯事、身に覚えのない因縁ばかりを押し付けられたものだから「あー、こいつも大層可哀相に」ぐらいしか思っていなかった。あの頃は今よりも簡素で紗枝以外の人間など眼中になっかからそんな憐れみを向けた事も今となっては驚いているし、まさか高校がご一緒になるとは思ってもみなかった。(しかも同じクラス…)

 第一印象は『いけ好かない奴』で、その鋭い瞳に何も写してない所も口も大層悪いのに足癖も悪い所も全身から放つちかづくなオーラもなんとなく自分を見てるようで嫌に気に障った。(いやいや、…流石に足癖は悪くないし、口も斗南よりは悪くない………と、思う)

 取り敢えず、興味はおろか人の名前も覚えない玲が斗南とシド(あのパンク馬鹿は後ほど知ったけど)だけを何故か悪く言えば敵対視、良く言えば眼中内に留めていたのは確かなのだ。

 そんなある日。その日は期末テストの点数が頗る悪すぎて一人悶々と補習に駆り出されたその帰り道、遅い時間もあって辺りは薄暗く少し肌寒かった。早々に帰りたい一心で、近道にいつもは通らない(通る度に絡まれるから)細い路地を選択した。絡まれたら一発殴ればいい、とそんな安易な思考で路地を歩いていると曲がり角から物凄い勢いで顔面を蹴られる金髪の女とその女を涼しい顔で飛び蹴りする黒髪の女が飛び出してきた。

「あ、」
「ん?」

 知り合いではないが、見覚えのあるその横顔、――斗南柊だった。着地と同時に目が合う。金髪の女はそのまま吹っ飛ばされて再起不能。思ってもみなかった人物の介入は厄介事になる暗示だろうか。玲は眉を潜め立ち止まった。至って平然とつまらなそうに目を向けている斗南な口が小さく動く。

「  ――…、神門…玲」

 始めて聞いた斗南な声は少し低くて掠れていたがはっきり聞こえた自分の名前、その瞬間飛び出した路地から罵声が轟く。それと同時に斗南は目を離し殴りかかってきた女を一本背負え。先程吹っ飛ばされた女の上に見事落ち二人して「ぐえっ」と蛙が潰されたような声を出した。斗南は玲へ一瞥すると、まだ居るのだろう路地を睨みつけていた。

「早く通ってくンねぇ?」

 見ずに言う斗南は邪魔だから、と言い逃げし、路地に消えていく。玲が立つ位置からは見えないが「調子にのんなよっ」、「コノヤロー」だとか女が口にするにはあまりに酷い言葉が響き渡っている。

 一言多いのか、はたまた不器用なのか。それとも性格が悪いのか。取り敢えず、その後から付け加えたような「邪魔」という言葉にキレた玲は鞄をその場に落とし、角を曲がると取っ組み合う斗南と相手のよくわからん女の間を裂いて、というより相手の女の肩へと飛び蹴りをおみまいして斗南と向き合い睨んだ。

「邪魔ッてなんだよ!ムカつくな」
「あ?」

 斗南の眉が跳ね上がる。不機嫌そうに口をへの字に曲げた。斗南を見ればその奥で先程まで再起不能だった金髪の女が背後を狙おうと駆け出してくるのが見え、玲は瞬時に斗南を追い越し顔面を殴る。

「ボサッとすんなよ」

 にやり、と笑う玲は心底面白そうに笑い自分より少し高い無表情の斗南を見た。こう並んで立てばより身長の差が目立つ。玲も背が高い部類に入るがそれよりも斗南はデカイ。それが気に入らなく思う自分がいて、何故こんなにもムキになっているのかわからなかった。そうやって対峙していると何かが足を掴みグンッと引っ張られ「うわっ」と間抜けな声と共に態勢を崩した。転びそうになる寸前。視界に入っていた自分より大きい身体が動き玲の足を掴むその腕を蹴り上げ、すぐにもう一発。ガツンッと鈍い音が鳴る。

「あまちゃんが。…ツメがあめぇよ」

 売り言葉に買い言葉とはこういうのを言うのだろうか。玲は笑みを消し目を細めた。

「うるせーな。つかなんで絡まれてんだよっ!どこのやつらだ?」
「知らねぇ…、歩いてたら絡まれたんだよ」
「はっ、お前も歩いてるだけで絡まれるんじゃ可哀相な奴だな」
「ならアンタも可哀相だな」
「うるせー!!!今のとこ全勝だからいいんだよ」
「ならあたしもいいんじゃねーか」

 呆れたように言う斗南に玲は異様な重圧を掛ける。身体中から放つ重苦しい圧力はまさしく殺気に近い。それを感じとった斗南は少し低い位置にいる玲を見定めるように目を向けた。

「ダメだ。お前は今此処であたしに敗れるんだから」

 玲の腰が落ちる。踏ん張るように繰り出された拳を斗南はすんでで避け一歩距離を取った。

「あんたもそこらへんにいるごろつきと同じかよ」
「そこらへんの奴と同じにすんな」
「勝手に因縁付けて殴り掛かってくる奴が良く言うねぇ」

 口角を上げた斗南は身構え不敵に笑うが、余裕がないのか額に冷汗が滲む。ふんっと鼻を鳴らす玲は「勝手?違うね」と握られた拳を解いた。

「ハッキリしたほうがいいだろ?」

 強いも弱いも。同類なのかかそうでないかも。玲は斗南を執拗までに見ていた事実はこうなることでしか真意を伝えれない一種のアイコンタクトのようなものだった。殴る蹴る。殴られる蹴られる。そんな暴力的な行為なんて好きなわけがない。毟ろ嫌いなのにこれでしか相手に伝えられることがないのだ。こんな方法でしか何も出来ない。伝えかたがわからないのだ。玲を見た斗南の目は好奇心と熱ッする得体の知れない高陽に燃えていた。

 地を蹴る足は同時に、玲も斗南も感じたことのない身震いと高陽感に購うことはなかった。



 攻防戦は両者その場に腰を落とし、動けず幕を閉じたが目は決して背けず互い目をしっかり見続けた。肩で息をする斗南はフッと頬が緩み声を上げて笑うと、玲はこいつついにイカれたかと怪訝に斗南を見て言う。

「なんだよ…、気持ちわりぃなぁ」
「ブハッハハ。…っ――くく、だって。おま…フハハ……マジなんだもんっ!」
「当たり前だろ!!何がおかしいんだよ。お前だってマジだったぢゃねーか」
「そりゃ、そうだけど…ハハ」

 腹を抱え笑い、苦しそうに悶える斗南は一つ、二つと深呼吸をして「あーぁ」と溜息混じりに怠いように零した。

「アンタ面白いなぁ。っつかマジで痛いんだけど、…頬」
「こっちだってお前の蹴り何発食らってると思ってんだっ、…ほら見ろガードしてんのに赤く腫れてんだよッ」
「はぁ?こっちだって口切ったんだから絆創膏くれよ」
「なら湿布買ってこい」

 気付けばほんの一時間前までは見たことある程度で話したこともなかった相手だというのに会話は弾む弾む。喧嘩腰の言い合いだが玲と斗南のコミュニケーションなのだ。

「ンだよ、…早く帰りたくて近道したのに一時間も立ってやがる」
「そりゃ自業自得でしょ」

 玲はポケットから携帯を取り出し愚痴るように言うが、斗南からすれば玲が突っ掛かってきたのだからそんなの知るかと一蹴にした。

「ちょ、マジ…腫れてる」
「…あそこ行こうぜ、なんだっけ?あれ、……ンート、…そうッ!マツキヲ!!あたしも絆創膏買うし」
「あ?やわだなぁー。しかたねぇ行くか」
「おい、アンタがいてぇ、いてぇ煩いンだろ」

 よっこらせと二人は重い腰を上げ、埃を取り鞄を手に取った。拳で語る。などと古風の思想は良くわからないが口数が少ない上に口下手であり、不器用な二人にとって一番手っ取り早いコミュニケーション。

 玲にとってただ斗南とは友人という枠に納めたい人物であったのだ。肩を並べあちこち傷を作り歩く二人に会話はない。すっかり暗くなった道を黙々と歩き、目指す先は薬局という初めてのお出かけも出会い頭の一時も最悪な二人であった。









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