レジに立ち、次々にバーコードへと当てていく。ピ、ピとその度に鳴る音はもう職業病になってしまったらしい、たまに耳鳴りのように聞こえて自分でも怖くなるときがある。

 ――1570円デス。

と赤の他人に言うのも慣れた。人見知りな自分からしても流石に一年半にもなると当初感じた嫌悪感も無くなるもので…まず、だ。慣れないと困ると言い続けた店長さえも最低限の関わり以外、遮断したのだ。それでも第一歩だろう、なんたって自分の中にある残量の殆どがシドと神門で構成されていた隙間に"バイト"という外からの圧力が加わったのだから。

 確か、慣れない生活に無理が障ったか一週間程寝込むという疲労からの熱でダウンした覚えがある。それを覚えているからこそ今の自分が信じられなくなる。ごくたまに驚かされてはそれが普通なことなのだと認識してきた。それは無理矢理、半ばそう思えざる追えないと言い聞かせて。

 なのに自然なのだ。今は…。怖いほどに心地好くて、彼女の事ばかりだ。


 中年男性は財布から二千円を取り出し、置く。あたしはそれを精算してお釣りを返すといった単純作業、否…それも流れ作業のようになってしまった。だって心は何時だって此処にはなかったから。


 一週間二日前。彼女と二人きりになる状況に正直驚いた。神門の親友兼幼なじみ。――祈紗枝。面識はただのクラスメート。一つ言うなればあの時声をかけてしまったことで接点を繋げてしまったこと。後付けで後日、お勉強会という名目で接点が既に繋がっていたというのが実に面白かったけれど。普段なら一蹴にしているところだが何故か反論も少なかったし、拒否も柔らかかった。

 何故?と聞かれて今ならわかる。あたしはクラスメート以前に神門から祈の話は聞いていた。神門はシドと違って自分の周りのことと自分自信のことは寡黙だった。その神門が初めて話した周りのことが"祈のこと"だった。だから覚えている。記憶力は人並みあるし、関心があるならそれ以上になる。人間とはそういった生き物だ。だから直ぐに覚えた。祈紗枝を。


――何故声をかけた、か。


人を拒絶したがる自分が…。
そんなの簡単なことだった。



――神門から聞いた時から彼女に興味があったから。

 クラスメートになってから惹かれていたのかもしれない。




――アリガトーゴザイマシタァ。

 商品をビニール袋に詰めてオキャク様に渡す時にハッとした。中年男性は普通に受け取り、既に背を向け歩きだしている。

――ほら、心此処にあらず。

 面白さが交じり苦笑した。オキャクが来ればまたお決まりのように――イラッシャイマセーと告げ、またレジで精算する。仕入れ以外ならばこれの繰り返し。だから繰り返しただけのこと。扉が開くと同時に特有の電子音が鳴り響く。無機質な声を上げたそれが気に入らないご様子だったから余計に繰り返した。


「イラッシャイマセー」

 余計に顔をしかめた。扉を通過した彼女は商品など持っていないにも関わらずレジへと直行して早々、掌を机代わりの板が故意的に叩いた。――バンっと酷い音を響かせ何やら機嫌が頗る悪いようで、鋭い眼光と合致する。

「イラッシャイマセー、ぢゃねぇよ。どーいうことだ」
「どーもこーもありませンよ。おキャク様。どういった御用件で?あ、クレームはテンチョーに言ってクダサイ。」
「てめぇ自身にクレームがあんだよ」

 そう言うとぴょこぴょこ跳ねる黒い髪を余計に逆立て、ズイッと身を乗り出した。

「あー、言い掛かりするなら、警察呼びますよー」
「お前、人をナメんのも大概にしろよ」

 憤怒する神門もそろそろ限界らしく地を踏み荒らしている。あたしは一言、――祈のこと?と告げると神門は苦虫を噛み潰したような顔をした。来る頃だと思ったが、まさか我慢出来ないほど衝撃的だったとは思わず顔をしかめた。

「初めてのメールがお気に召さなかったのかよ」
「当たり前だ」
「バイト終わったらあんたン家行くって言ったろ?」
「待てねぇ」

 餓鬼かこいつは。とパンク馬鹿と何もかわらねぇ、あまちゃんだと言えばあの時のように収集が付かなくなるので言わずに黙る。幸い、オキャクはいない。もう一人のバイトは思ってもいない騒ぎにあたふたしていた。そのバイトに一言、休憩してきまーす、と告げ徐に暖かい珈琲とカフェオレを手に取りレジを通してコンビニを出た。

「どっちがいい?」
「…カフェオレ」
「だと思ったわ」
「餓鬼っていいてぇのかよ」
「そんなこたぁ、一言も言ってねぇけど」

 何も言えなくなった神門はグッと黙り込み、奪い取るようにカフェオレをかっさり、車の駐車場にある石で出来たストッパーに腰をかけた。金具を引くと清々しい音がして、ゆっくり口を付けて啜った神門の息は白く染まる。同じように缶の口を開きながら神門の隣に腰を落とし、一口飲むと暖かいながらも苦味のある珈琲特有の旨さを味わった。

「さみーなぁ」
「ん、まぁな。もうすぐ冬だし」
 頭が冷えたのか冷静さをとりもどした神門はそれっきりだんまりと口を閉ざす。言わなければならないことはある。祈だからこいつに言わなきゃいけないということもあるが、神門だから言わなきゃいけないとも感じていた。道理だとか礼儀だとか、そんなモノだったとしてもあたしと神門の中ではもっと違う何か、言わば磁石の引力と同じような感覚が働いていた。


――玲、

 初めて呼んだ名前に神門は戸惑いもなく横を向いた。力強い瞳が射ぬく、があたしは真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「……任せてくれないか?」

 たった一言。あたしは呟く。

 沈黙が流れた。行き交う足並みも道路を走る車の音も、消し去るように感情を今、神門にぶつけている。

「……」
「約束するから」


 約束は破るためにある、と誰かが言っていた。約束が破るためにあるなら何を信じればいい?何を確固たるものにすればいい。それはただの負け犬の遠吠えだ。そいつは自分に負けたのだから。

――あたしはそんなんじゃない。 護れるものは護る。約束も、誓いも、あいつも。


 その瞳は神門特有の強さを秘めていた。神門にこんな顔をさせるなんて、本当に祈は大事にされてるんだと心底思って嬉しくなる。だってあたしと同じだけ人に興味がない神門の真剣な顔なんて喧嘩の時も見たことがない。


「紗枝は親友で、幼なじみだ。」
 ゆっくり噛み締めるように神門は言った。

「幼い頃からどんなときも一緒だった。紗枝はあたしにとって大事な存在で大切な人だ、今もこれからもそれは変わらない。」

 一瞬神門は目を伏せ、何かに戸惑うがまたあたしを見つめる。静かに浅く呼吸を繰り返し、覚悟したかのように言った。

「紗枝に何があっても支えてやれるのかよ?」
「ああ、ある。当たり前だ」

 その答えに満足したのか神門は
――そうか、よろしく頼む。と言って笑った。その笑みがあまりにも泣きそうだったからあたしは心に誓いを入れた。誓いは神に捧げるもんぢゃない、自分に言い聞かせるもンだ。アンタが教えてくれたんだよ、神門。

「泣かしたら承知しねーからな」
「そん時はボコボコにしてくれて構わねぇよ。まぁ、そんなことは有り得ねぇけどな」

 お互い歯を見せ笑い合い、また一口飲む。また静寂が包む。今度は行き交う足並みも車の音も聞こえた。――…あーっと、神門は両腕を伸ばし、立ち上がる。

「あーぁ、なんかあれだ。娘を取られた父親の気分だ」
「なら、あたしのおやじだな。アンタ」
「それは断る。お前足癖わりぃーし」
「それ、関係ねぇーぢゃん」

 あたしもそれを追うように立ち上がりズボンをパンパンと叩いて、缶を神門に掲げた。神門は一瞬キョトンした後、意図が読めたのか缶を持つ腕を上げて突き出した。――カツンッ、と合わさり一つ音がした。それは小さな小さな乾杯。あたしとあんたの約束だった。







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