スターズ後

「これでレイちゃんとゆっくり出来るわね」
幾つもの終戦を迎えては束の間に訪れる平和が永遠だと疑わなかった美奈子は、今回も同じように笑っていた。レイは何も答えず一瞬、美奈子に切れ長の目を向けてから目を伏せた。煎れたばかりの湯呑みから白い湯気が揺れてはレイの顔まで届く事なく消える。水面に映る自身の顔は見えない。立ち昇る湯気がそのまま消えず顔を覆い隠してくれればいいのに、とレイは思った。

「もうすぐ高二よ?高三にもなれば嫌でも考えなきゃいけない進路…この一年だわ!!この一年が青春の全て!!」
女優のような口調と大袈裟にも前に乗り出しす美奈子はーー、一拍置いて右拳を掲げながら力強く言い放つ。
「レイちゃんとたくさん想い出作って、楽しいこといっぱいしよー!!」

少しばかりの沈黙の後ーー「そうね」とレイは俯きながらも笑って呟いた。美奈子の顔を見れなかったのはなぜか。そんな事、自身の中ではハッキリ理解しては抽象的にも形が為されていた。


何度目だろうか。一門一句。同じとはいかないが愛の女神は平和を謳う。それと同じだけ裏切られその身を戦場に投げ打っている。それは美奈子だけではなく、此処には居ない同じ運命を辿る友人達もーーそしてレイも。前世からなのだろう、レイは予知能力なものがあった。今でこそ絶対的な悪夢も占いも絶望を写すことはないが、いつそれが訪れるのか。それも分からぬまま不安だけがレイの中を黒い渦のように滞っていた。


「レイちゃん」
先程の戯けたものとは違う優しい声が耳を掠め、レイは顔を上げる。
「大丈夫よ。何があっても平和は訪れる。奪われたら取り戻せばいいわ」
真っ直ぐにレイを見て美奈子は言う。慈愛に満ちた瞳が訴えては、歳離れしたような大人びた優しい表情がレイに向けられていた。
「わたしは諦めないわ。みんなといる幸せを。レイちゃんといる幸せを」
力強い光りを瞳の奥に見付けた。軽口の泣き言は数え切れなくあっても、本当のものは一度きりしか聞いた事がない。それも、冗談のように掻き消したのは美奈子だった。
内部四戦士を束ねる長。
覚醒は誰よりも早く、そして一人で戦っていた期間も長い。孤独を知っているのは美奈子とうさぎだけだというのに、うさぎも美奈子も優しく暖かな光りをくれる。レイには眩し過ぎた。怖くないのだろうか。死ぬかもしれない運命と闘う事に。この幸せが闇に染まる事に。

「不安なんて、ないわよ」
痩せ我慢も大概にしたいとレイは思うが、自然と出るのは可愛くもない言葉だった。
「うん。そうね。そうだとしても、あなたのものは分けて欲しいの。これは愛野美奈子の我が儘よ。好きな人の事は何時でも何処でも考えていたい。わかってあげたいの。全部なんて無理だし烏滸がましいから、少しでもね。まぁ、本当は全部欲しいけど!あははははは」
場を取り留めるように美奈子は笑った。真面目な雰囲気を全て一切するように。しかし、その言葉は真実だろうとレイは直ぐに分かった。分かったからこそ頬に溜まる熱を逃す手段が見つからない。

ーーーこの、ばかっ。さらっと言ってんじゃないわよ!

そう、怒鳴ろうとしたのも束の間。間を詰めた美奈子はレイの冷め切った手をギュッと握った。瞬間、レイの顔が夕焼けのように朱に染まる。そのまま、手を引っ張られたと思えばレイは美奈子の腕の中にいた。
「ばっ、〜〜〜〜っっ」
レイは暴れるように手を突っぱねようとしたが、後頭部を撫でる其の手に力が抜ける。そして事の成り行きを理解してしまったレイの身体は固まった。美奈子の腕に抑えされたのではなく、そんな物理的なものではなく、その温もりがレイの思考を止めてしまう。
「これもわたしの我が儘。わたしがレイちゃんを抱き締めたかったの。許して?」
直ぐそばで聴こえる美奈子の声にレイの心臓ははち切れそうな程、脈を打っていた。落ち着けと、念を送っても落ち着きそうもない。寧ろ、速くなる一方でーー逆に速すぎて心臓が使い物にならなくなりそうだった。

美奈子の肩に顔を埋めたまま、その優しさに誘われておずおずとシャツを握る。美奈子はそれを確認したように、もう片方の手でレイの背をさするように撫でた。
レイはいっぱいに感じる美奈子の甘い匂いを吸い込み目を閉じる。どうしてか、加速する心臓を他所に安心感がレイを満たした。

「レイちゃん、好き」
美奈子は耳元で、一つ呟いた。レイの背が震える。そしてもう一つ。
「愛してる…」
頬に唇を押し当て、美奈子はゆっくり顔を離した。レイは一瞬、息を飲む。冗談もない微笑みは金の雫を靡かせてその目を捉えて離さなかった。なんて綺麗なのだろうか。こんな強くて優しい子が愛を謳う。それがレイに降り注いでいる。
「みな、」
「前世も、今も、これからも。ーーー愛してるわ」
「ーーーっ」
「もっともっと、好きになる。言い切れる。だから…大丈夫」

ーーーあきらめないで。

美奈子の唇がレイの唇へと押し当てられた。レイは抗うことなく受け止める。目を閉じ、全ての器官で美奈子を感じるように。熱に魘される身体が、瞼に溜まる水滴が、訴えるほど美奈子を求める鼓動が、レイは愛しくて愛しくて堪らなかった。

ーーわたしをあきらめないで、
そう言えずにレイは美奈子を抱き締め返した。











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