ピアノが大好きだった。大好きで大好きでたまらずずっと夢中だったのを憶えてる。まるで終わらない幻想が続くかのように。その幻想で今もこうして指が頭が動いてくれているけども、心がこんなにも窮屈になったのはいつだろうね。
無限ループかもしれないけれど、大人は子供に逆らえない。本当の力の差を体験させられ毎日を生きていると、少女はそう思った。
「まきちゃんはにこの次に可愛くて、にこの次に歌がうまくて、にこの次にダンスがうまいくてね。でもねー。にこにもそこらへんの奴らにも負けないことはね、ピアノがすんばらしくうまいってことよね。」
ーーーーま、でも少しでにこが勝つけどね。
ピアノの本体をゆっくりなぞる。決っしてキーには触れない。ツインテールの少女が視界にはいった。はいらないようにとしていたけど勝手に入ってきた。困ったことに今は笑ってやることができないことが悔しくて逆に笑えた。
「どんだけ自分好きなのよ」
「アイドルなんてみんなそーよ」
「にこちゃんは以上だと思うけど」
ふと、ただなんとなく言った一言に火がついたようでキーキー煩く喚いてる。この小さな身体で存在感が強いことで。と思ってみる。口が裂けてもこれは言えない。身長を気にしてる目の前の頬を膨らます少女には。。。
「なによ」
まじまじと見ていたら少々おとなしくはなったけども、ジト目で見られた。
「ピアノ…」
「ん?」
「ピアノ、もう引くのが後ろめたいのよ」
多分にこちゃんの前でしかこんなこと言えない。頼ることを知らないわたしが唯一少しは頼ることができるこの先輩はいつも気にかけて、傍に身を置いてくれている。その優しさが救いで、嬉しくて、戸惑いさえ運んでくる。今だってグルグルと得体の知れない感情が渦巻いて吐き出して、言葉が疎いがこうして伝えようと、聞いて欲しいと叫んでる。
「どーしてだろー。わかってるけど」
「わかってるならなんで聞くのよー。」
「なんとなく」
ピアノの前にある椅子に座る。そのすぐ横ににこちゃんが座る。わたしの指は彷徨ってやめた。にこちゃんはそれに気にせずピアノのキーを押した。
高音、低音。一つ一つ丁寧に押す。稚拙で確認するような音楽ではあるけれど、
ーーーーきらきらぼし、、、
「これねー。にこ好きなんだー。小さいときいっぱい弾いてもらったのよ。好きだから弾くの練習したの。たくさんたくさん。好きだから」
「…」
「好きならやめなくていいぢゃん」
ピアノのは大好き。過去も今も。あの小さなわたしができたことが今できないのがもどかしくてしかたないのだ。純粋に好きだったあの頃はキレイに弾けたのに。親に指図されてそればかりに気を遣うわたしが好きなこともどこか楽しめずそんな感情で弾くピアノなんて、、、
俯く視線はどうしようもない感情に耐えるスカートを握る手があった。
ーーーそんなピアノのしかできないことが…とても悔しい
流れるメロディーはきらきらぼしの二番。同じメロディーだけど、口ずさむにこちゃんの指も綺麗な唇も綴るのをやめた。
「知ってた?」
ーーーね まきちゃん
「まきちゃん。ピアノ弾くときキラキラしてんの!アンタ集中するとこのにこが話しかけても見向きもしないのよ!このにこが話しかけてるのに…でもね。今は話しかけないことにしてるの。なんでだと思う?そんな勿体無いことできないからよ!」
ーーーーーあんたのメロディーはキレイよ。
ハッと顔を上げてにこちゃんを見たらとてもとても満面の笑みでそう言った。
「どうしようもないことがあっても当たり前。でも譲れないものがあったら頑張れるでしょ?」
そういえば、にこちゃんはとてもアイドルに執着心を抱いてる。好きだとか楽しいだとかみんなで一つになるとかお客さんに勇気や希望や、感動を与えてあげたいだとか、以前力説していたことを思い出す。
「なんでまきちゃんはピアノはじめたのよ?」
その質問にうーんと考えた。ありったけの手探りを脳にいれて。そんなことしなくてもわかっているのに。
「お母さんが弾いてくれたの」
ーーーそれで一緒に歌って、一緒にポンポンと弾くようになって
「わたしが弾くとお母さんはいつも笑ってたわ」
懐かしいなぁ、と思う。あれはわたしが三歳の頃だった。窓から涼しい風が入ってきて日の光がピアノを照らす。お母さんの膝にわたしが居て、お母さんの長い指が白と黒のコントラストを弾いた。それに合わせて私は歌う。今でもハッキリ憶えてる。ーーーー気付けばピアノを弾いていた
「なーんだ。あんじゃないの。そんな立派な理由も感情も。」
ーーーーそれが純粋じゃなかったらなにを純粋っていうのよ、本当鈍感は困るわー。あんなにアタックしてたのに、にこの気持ちに気づかなかったわけだわ。
「…それは言わないで」
カァーっと逆上せる頭に火照る頬。
参った、それを言われたら敵わない。
あー、だとか、うーだとか、項垂れる頭であったり、耳も暑いとか本当にいやになっちゃう。
「弾いてよ。まきちゃんが今のその感情のまま素直にさ。」
なんて恥ずかしい言葉だろうか。あーぁ、もう本当敵わないのよねー。と照れ隠しにもならない笑みを浮かべてそう言った。
先ほどまでスカートを力いっぱい握っていた手はもうない。わたしはわたしのピアノが好きだと言ってくれる人の隣でありったけの感情を込めて弾く。自由なその手で、、ーーーー夜想曲を