ピクピク、ピクピク。眼前にある人間にはないそれが気になってしかない。自然と目がいくから意識がそればかりで…、目の前で僅かに揺れる頭上から生えるそれに手を伸ばすとあったかい。やっぱりあったかいんだ。ちゃんとりんのモノなんだ。手作りにしてはやけにリアルで、実際手作りぢゃなくて、もし人の手によるものなら物凄いクオリティだと思う。わけ分からない受賞とか取れるかもしれない。
やんわりと握ればりんはふにゃんと気持ちよさそうに顔を綻ばせた。にぎにぎ、触ればゴロゴロと甘える。寄る身体。お尻の尻尾は嬉しそうにパタパタ揺れる。今にもニャーんと鳴きそうだ。
「ニャー、、」
あ、鳴いた。何時もと同じりんの声だった。
「擽ったいニャー」
語尾は至って日常のままだけど、本当に、猫のようだ。というより、言葉も理解できるし話せるんだ。なんて冷静に思考を巡らせてもベタベタ触る耳への行為はやめない。
「人間の耳なくなってる」
「コッチに移動したニャー」
そーなんだ。って納得出来るはずないのに目の前の現実は物語る。ないのだ。顔の横に付いた人間の耳が。その代わり取って付けたような猫耳がぴょこんと頭の上にあるわけで、引っ張っても取れない。
「いたっ、まきちゃんいたいニャー。酷い、あんまりだー、ニャー、ニャー」
ニャー、ニャー、本当に煩わしい。煩いったらありゃしない。耳を弄ればゴロゴロ、引っ張ればニャーニャー不満ばかり。普段よりも五月蝿いのにそれを上回る愛しさって、なんなんだろう。
「引っ張れば取れるんぢゃないかなぁーって」
「飾り物ぢゃないニャー、りんのだニャー」
「ね、これどーしたの?」
「起きたら付いてた」
起きてたら付いてた、なんて簡単に言うけれど結構問題なんではないかと思うのに。何時もだったら罵声の一つや二つ、けたたましく出しているのに、案外にも不思議な現状に興味も関心も膨らんでいて。それでいて、りんが何時もより数百倍可愛いから。いや、何時も可愛いんだけど、なんだろ。やっぱり何時もと違うっていうのは、わたしの中で様々な心境の変化をくれていたらしい。まぁ、いいやなんて思う。多分、りんにも当てられた。
りんは、そんな葛藤さえ気付かぬままーー良く、聴こえるんだよ。なんて胸に擦り寄って当てられた耳はわたしの心臓の音を聴く。
「いいリズム」
「りんよりはゆったりだもの」
「りんのリズムはベリーハイー」
「わかってるわよ」
何時も聴いてるもの。なんて口が裂けても言わない。いつもより可愛いなんて、口が裂けても言えない。なのに胸元で上下に擦って甘えるりんはへらっと笑から、嫌な予感がした。
「いつもより、速いニャー」
「う、うるさいわねっ」
ほらね。バレる。真っ赤に赤らむ顔が熱い。可愛い、だなんて今度は膝に寄り添うからまた熱が篭る。生脚に触れるりんの髪の毛が普段よりも柔らかいと感じるのは、変化的に猫っ毛が増したのか。生えるだけぢゃなくて髪質も変わるんだ。そう思いながら感触を楽しむように耳をも巻き込んでみた。
「安心するニャー」
「そう」
まきちゃん、まきちゃん。好き、好き。もっといい子いい子して。気持ちいいニャー。
腹に腕が回されて引き寄せられた。生脚が擽ったい。さっきから尻尾が物凄く勢いで左右に揺れている。本当にそう思ってるんだ、喜んでるんだ。気持ちいいんだ。りんは何時だって、こうしてりんの一部で感情を把握しなくとも超直球で、嘘なんてつきっこないのに。それでもなんか嬉しくて、柄ぢゃないのに。こんな甘えてくるもんなら素直に甘えさせてやらないのに。一蹴にすることだってあったのに。
今はそんな言葉さえ浮かんでこない。
好き勝手甘えていたりんがふるっと身震いをした。ピーンと立った耳も、尻尾も忙しなくてなんだか面白い。
「まきちゃん、寒いニャー」
「ん?」
「外、雪…」
窓の外に視線を向ければ雪がパラパラと、ゆったりと降っていた。りんに視線を戻せば耳がパタパタと、忙しく揺れていた。
なんだこれ。面白い。
楽しくなってしまっているではないか。思わず身体を前に倒して寝転ぶりんに覆い被さるようにギュッと抱き締めた。
「まきちゃんの匂いが増したニャー」
「嗅覚も増すの?」
「うん。まきちゃんが近いニャー。でもまきちゃんの匂いには何時も敏感だニャー」
本当にとことん直球でこちらが恥ずかしくなるんだけど、良かった顔が見えなくて。落ち着かせるように大きく息を吸ったはいいが、りんの匂いが鼻腔を擽る。あ、ヤバイと思っても少し遅い。
「まきちゃんのリズム、急加速!!」
嬉しそうに言うなバカ。呑気な声もウザい。
密着する身体同士の隙間なんてないのに、りんはぎゅうぎゅうお腹に縋る。ちょっと苦しいけど、懐かれる分にも愛をストレートに感じる分にもマイナス面なんてこれっぽちもない。ちょっと、恥ずかしいだけで、こんな感情わたしには勿体無いし贅沢だと思うのに。
「まきちゃん、あったかいね」
「うん。あったかい」
直ぐにほんのり無言が支配する。気不味いとかぢゃなくて居心地の良い無言だった。ちらっと窓の外を見ればさっきより雪が多くなっている。外は寒いかもしれない。此処はこんなにあったかいけど。あ、雪の歌ってなんかあったっけ?クリスマスとかぢゃなくて…
確か…
ーーゆーきや、こんこん。
そんな事を思っていたらいきなり、りんが歌い始めた。それが丁度思い返していた歌で驚いてしまった。猫って読心術できたの?それはないでしょ、流石に。多分、偶然。偶然にも同じ歌。でも、もしかしたら…りんが何時もより敏感だから…あり得る、かも、
「ないない」
「なんか言ったニャー?」
「うーうん」
ほら、続き。そう促せば嬉しそうに再開した歌。
「ちなみに、”こんこん”ぢゃなくて”こんこ”だからね」
「あれ〜?そーなの?まきちゃん物知りだニャー。ーーあられや、こんこ」
「降っても降っても」
「まだ降り止まぬ」
「いーぬは喜び、庭駆け回る」
「ねーこは炬燵で丸くなる〜」
ふふ、笑えば、グリグリ腹に頭をなすり付けるから、今は生えてしまっている耳が変に腹への感触を生んだ。
「猫は炬燵でしょ?」
「まきちゃんがいいニャー」
りんは猫っていうより犬だと思うんだけど、
なんて今更な事…