「やだ」
邪魔な眼鏡もきちんと机に置いて、押し倒した先は姫専用ベッド。準備万端でだから、さてと。そう思うや否や、姫はお得意のマフラーを顔にぐるぐるに巻きつけて見えるのはちょっとつり上がる目だけだった。
「ん?なんて?」
「だから、…ダメ」
この状態、状況で言うなんてまたお門違いもいいところだ。甘えてきたのは誰だ?縮こまりながらも一生懸命、身を寄せてきたのは誰だ?やだ、なんて言わないで。そんな事も言えず、その先に進めずに。結構ヘタレだったのでしょうか。やんわり掴んだ手首から手を離して姫の身体の横に正座すれば、姫はマフラーをゆっくり解く。
「ダメ?」
「うん、ダメ」
そんなハッキリ言わなくてもいいじゃん。
ーーそっか、と弱々しい声がわたしのものだと気付いてしっかり笑えている自信がなかった。歪んでてもいいから笑えていたら上出来とさえ思う、けど。笑えてない事なんて直ぐわかってしまった。まだ早かったのかな。付き合って一週間…あららら。溜息さえ出ない。
「な、なんで泣くのよ」
「箱、箱、箱、箱ーー」
「あーーーっ!そんな箱出さないでよー」
箱をたくさん。それで今の自分の顔を隠して、見ないで。お願いだから嫌わないで。
すっぽりと被った箱を取られる。もう一つ出した箱を被って、また取られる。繰り返し、四回。なんだっていうんだ、困ったことにもう箱がないからまた出してしまおうか。そうして唇を開いたはいいが、思いもよらず舌が出せない。姫の綺麗なつり目が視界いっぱいで、わけもわからず呆気にとられて身動きできずに、その柔らかなものを受け止めて目を見開く。
舌が出せない、舌が…
ほら、最初にそんなことしたら…あれ?どうすればいいの?舌は出せないから、、離れればいい?ってかなにこの状況。
「目閉じてよ」
「…無理でしょ」
キスだとは思うが、それよりも程遠いと思う。例えるなら、親鳥が子供に餌を上げる前。嘴が中に入ったら、やれはそれで、ね?えげつないものになっちゃうから。
「ダメって言ったのに」
「ファーストキスは自分からって決めてたのよ」
「ならそう言えばいいぢゃん…」
ちょっと傷付いたから、今度は聞かずにその口をこちらから、こちらの口で塞いで離れれば可愛らしいリップ音。ファーストキスが終えたならこちらからでもいいんでしょうよ。だから、たくさんしていいかな?
その前にちょっと注意事項…
「目閉じてよ」
「忘れてた」
ことはの顔見ていたくて、とさらっと告げてしまう口をまた封じて、赤さがバレないようにその目を此の手で遮断した。