意識が浮上して、一発目見た景色は視界いっぱいの祈だった。



「気がついた」
祈はホッと安心したように息を吐き出した。斗南は一瞬困惑し、現状の把握を試みてーー後頭部に感じる柔らかいモノーー見下ろす祈の近さーー草むらに横たわる自身の身体ーーゆっくり焦点を左右に向ければ傍にナイフと長刀、木刀が二本。
ハッと思い出した。

ーーあっ!!

瞬間フラッシュバック。斗南は慌てて上半身を上げて、、、鈍い音が脳を揺らした。ーーゴツン、と額に鈍痛が走り背後では唸り声と批難の声が響く。斗南は涙目で首だけを向ければ祈が額を抑えて丸くなっていた。

「なんでいきなり起き上がるのよ〜〜〜っ」
「わりぃ〜〜っ、」
「ばかぁ〜〜」

悶える二人は半ば涙を浮かべながらも落ち着きを取り戻す。が、混乱を乗り越えた斗南は咄嗟に別の違和感を感じとっていた。けれどもそれは決して口に出さず、祈の額へと手を伸ばす。すれば鋭い痛みが脇腹を突き刺した。
ーーやっぱり、あぁ〜。当たり前か…

フラッシュバックした記憶。意識が途絶える前の確かな記憶。間合いを間違え、一撃が横腹を貫き至近距離からの打撃に倒れて、多分ーー否、後頭部を強打。ーーしたはず、
先程の額の衝撃と混乱で痛みが綺麗サッパリ無くなっていたけれど、落ち着きを取り戻すとジワジワと痛みが斗南の身体を這いずり回っていた。
木刀同士の稽古にしては荒々しかったかもしれない、と心中ーー舌打ちをした。

「赤くなっちまったー」
「ん」
「大丈夫か?」

気さくに話しかけてみて、斗南は後悔した。祈が伸ばしていた手首を握りそのまま上に挙げた。

「〜〜〜〜……」
「痛いんでしょ?」

斗南の身体が僅かに震えた。
(このヤローっ!ふざけんな!!いてぇーだろ、くそっ!!)
それでも顔色は変わらずだんまりとフルフルと左右に顔振れば逆に祈の顔色が変わった。

「本当の事言ってよ」
憤りと罪悪感を混ぜ込んだような声が斗南を責める。
「なんて面してぇんの」
「だってッーー」
怒鳴ってしまう事に躊躇し、一瞬大きく息を吸う。一呼吸に全てが含まれているような感覚は祈の脳を急激に冷やす役割を担っていたようで、ーー冷静な声が響く。

「手合わせでの不慮の事故は自責って事でしょ?わかってるわ。斗南さんが言いたい事…」

ーーわかってるぢゃねーの
斗南はだんまりを継続し、静かに祈の言葉に耳を傾ける。

「でも…」
幾分小さくなった声が響き、祈自身も小さくなっていく錯覚を覚えた。少しの感情が入る。堪えてはいるのだろうけれど、悲痛ではあった。

「痛い時は痛いって言ってよ」
真っ直ぐな瞳が斗南を射抜く。真摯までのそれに斗南は諦めたように溜息を吐いた。

「それ、あんたが言うのかよ」
「それは…」
「取引だ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が祈の口から飛び出たが斗南は大真面目でーーー
「アンタも意地は、はんな。まぁ、区別ってか時と場合というか…臨機応変?この件については祈が言った通り、あたしのミスだ。マヂになってたからとか、手加減出来なかったとか、そんなの関係ねぇ」
斗南は静かに笑った。

「もう一度言う!これはあたしのミスだ。祈の所為ぢゃねぇーよ。とりあえず、ものすんごく痛い!!」
遂に斗南の顔が苦痛に歪む。けれどまだほんの欠片の維持が斗南の口角を上げていた。
祈はその姿にキョトンと目を丸くさせ、悶える斗南に肩が震えていく。
(え?、ナニナニ?今の会話無意味?泣くの?ーーちょ、は?オイオイ…困る困る)
俯く祈の顔は斗南には見えず、オロオロとたじろぐが斗南の心配は杞憂に終わる。

「く」
「く?」
「くははははっ、」

盛大に笑う祈に斗南はげんなりと肩を落とし、そしてよくわからない恥ずかしさが頬を上気させる。

「ナニ笑ってンの…」
「ふっ、ははーーだって、取引ぢゃ、ハハ!そのあと、痛いって。……はぁ〜落ち着こう」
「アーアーアーアー」
「くっ、ごめんなさっ。」

ーーだから笑うな!笑いすぎ!
同じ調子に笑いを漏らす祈に斗南は呆れとも取れる一息を吐き出し、ーーオイっと笑いを制す。

「痛い」
「ん」
「物凄く痛い」
「うん」
「祈も怪我の件について隠すなよ」
「うん、約束するわ」

祈は満足げに笑う。ニンマリと三日月のように孤を描き。そんな不服にも嬉しそうな顔をされ斗南は唇を尖らせる。

「痛い、から早く肩貸せ」
「一人で歩けないの?」
「いじわりぃ」
「冗談よ、冗談」

祈は立ち上がり怪我をしていない方の腕を自身の肩に回し、ふらつく身体を支えた。それでも斗南の身体は祈より少々高いばかり、ほんとうに支えるだけで、それでも今の斗南にはありがたかった。

「軽い脳震盪ね」
「ってかあたし何処にぶつけた?すげータンコブ…」
「あれ」
「石ってか、岩?とんがってね?」
「うん、とんがってるわね!よく頭割れなかったなぁーって膝枕してるとき感心してたのよ…それより木刀とか持って」
「時々思うんだけど、アンタすげーよな」

抱え込んでいた木刀二本、長刀、ナイフを渡されすんなり受け取る。もちろん怪我したほうの腕で、ーーそのぐらい大丈夫でしょ?と言われたら、それはそれで愚問。斗南は丁度良い気遣いに笑う他なかった。

ゆっくり歩幅を揃えながら塗装された道を笑いじみた会話で歩く。前方の夕日が二人を照らし、眉をしかめる。稽古始めが昼間辺り、そこから二時間程手合わせをして、叩きのめされたのがその後すぐ…

「けっこー、気失ってたってわけ…」
「んー、でも三十分程かしら」
「戦闘不能もいいとこだ」
「次いつやる?それともやめとく?」
「ジョーダン。治ったらすぐ」
「だよね」

ははっと、二人して笑った。汗臭いジャージ、ボロボロな斗南。夕日に向かって走る…とは言えないが歩いてはいる。祈はこんな日も有りだと、無邪気な笑顔を浮かべて前を向いた。

「あ、部屋戻ったらもっかい膝枕して」
「医務室が先」
「へいへーい」

ーーー無道さん達の事言えないわね
祈はただ歯痒い気持ちでいっぱいになった。






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