「なぁ、宮本。ちょっといいか?」


以外にも先に声を掛けたのは玲だった。玲は斗南と静久は祈と話し合った?次の日、やはり二人はどこかギクシャクしていた。違っていたのは静久が玲を避けなかった事。しかし、何時ものあの柔らかな空気には程遠くて呆れた紅愛が溜息を零していたことにも玲は気付いていた。

(わかってんだよっ!こっちだってこんなのごめんだ!!)

クソっと軽い舌打ち。それにビクッと静久の肩が揺れ、ただの悪循環。見れば恐れるような目を向けられていた。
(あー、もーやだー。)
ただ項垂れて、やっと肝心な一言を告げたのは夕方だった。

「な、なんでしょうか?」
「えー、とそのなぁ。一昨日の事なんだけど…」

静久の身体が強張るのを玲は見逃さなかった。出来るだけ優しく優しく言葉を声を和らげ告げる。

「そのことについて話があるんだ。ちゃんと話したい事なんだ。今夜宮本の部屋に言っていいか?」

ーーここで逃げちゃ駄目だ。
静久は逃げたくなるような衝動を耐えた。だって本当はちゃんと話したくて、こんなギクシャクした関係も嫌で
ーーー本当は本当は、もっと一緒の時間を共有していたいのだ。
静久の頭は縦に振られた。承諾の合図。








「で、どーなったンよ?」
「大丈夫ぢゃない?それよりちゃんと手を動かしてほしいわね」

生徒会室。
ーーパチン、パチンと白い束をホチキスで止める祈を斗南は頬杖を付き眺めていた。

「気をきかせてこの作業は三人でいいって言い出したのあンただろ?」
「あら、それに文句を言わなかったのは誰かしら?」
「へいへい。あたしですよー。でもな、祈。残念な事に仕事終わちまったわ」

横目で見遣る祈は満面の笑みで積み上げられた束を斗南の前に置いた。

「増えたわね」
「性悪女」

ーーーなんとでも、とまたパチン、パチンとホチキスの音と紙が擦れる音だけが部屋に響く。それを破ったのは斗南に負けないくらい不機嫌な紅愛だった。

「ってかもどかしいったらありゃしないわよ。なんなよ?あれ。玲も悪いわ!静久が本能的に夜這いに行ったってことはそこまで玲が気付けずにいたってことでしょーが」

バンッと一つ束を机に叩き付けて立ち上がる。

「なンだよ、星河。生理か?」
「あんたもレディーに向かって何言ってんのよっ!?」

ははっとはにかむ斗南に顔を若干赤らめて紅愛は怒鳴った。それを見ていた祈はふざけ半分に言う。

「ちょっと、紅愛。斗南さんはあたしのものなんだから手出さないでよね」

カチャッとホチキスが軽く歯を立てた。

「冗談にしては怖いわね」
「あたしはお前でもいけんぜ?」
「あんたも後ろから刺されたくなければそういう発言は謹んだ方が身のためよ」

こほんっとわざとらしい咳払いと共に紅愛が腰を降ろした。またパチン、と音が響く。今頃二人はちゃんと話す約束を取り付けているはずだ。そのために二人だけの仕事を頼んだのだから。案外にもその提案をしたのは斗南で、それに付け加えて祈が三人で冊子を作ると言い出したのだ。それに斗南はげんなりしていたけれど。紅愛はただの道ずれ。手は多い方が助かる。煩い士道とみのりは別の仕事に当てた。そこは紅愛が頼んでいた。結局皆気になって、心配になってしかたないのである。

「初心だな」
「初心ね」
「初々しさしかないわね」

保護者目線ってこんな感じだろうか。三人はそんな意味不明な事を思いながら手を動かしていた。






今宵は冷える。コンコンと遠慮がちなノック音は昨日を連想させた。ドアを開ければ冷たい風と立っていたのは人。ただそこに居たのは祈でなく玲で静久は小さく苦笑した。
(あの時の気持ちはこういうことなんだ…)
昨日思い浮かべた人物が今日は目の前にいる。あの時、ホッとした自分とガッカリした自分。それが相対していて良くわからなかったのだが、
(そういうことか…)
ただ目の前には仏教面で立つ玲であっても玲という自分にとって好きな人が来てくれるというのはこんなにも嬉しいことなのだと、静久は思った。

「どうぞ」
「あぁ」

玲は静久の後を追うように部屋に入る。玲は静久の部屋を見たことがあり入ったこともあったけれど、一人でその二つをこなしたことはなかった。軽い緊張に足取りが自然と遅くなる。
(ここで逃げたら斗南に笑われるのがオチだ…)
頑張れ、自分!と暗示のように心で叫ぶ。その時には既に静久はベッドに腰を降ろしていた。玲は少し考え、対面する椅子には座らなかった。その代わり静久のすぐ隣、ベッドに腰を降ろす。すれば、え?っと慌てたように静久が身を離した。

「なぁ、宮本。それ流石に傷付くぞ?」
「あ!す、すいません」

戸惑いながらも玲との間を詰めて向き合う。玲もそれに習うように向き合った。そこから沈黙。気まずさが支配し静久は固まる。玲はどう切り出そうか考え、渋っていた。
(素直に、素直に。言わなきゃわからないこともある)
昨日そう言った斗南の言葉を反芻させてよしっと顔を上げた。

「あのさ、、一昨日のあれ。まずごめん!」
いきなりの謝罪に静久は驚いた。
「えーと、なんの謝罪ですか?」
「宮本を突き飛ばした」

あぁ、と納得。そんなことさえ静久はというと忘れていた。

「動転してて咄嗟に…悪気があったわけぢゃなくて…その、本当にごめん」

静久は萎れる玲を見て両手を胸元まで上げた。

「そんな、謝らないでください!あれはわたしが悪くて、その…」
「怒ってないか?」
「怒ってるわけないぢゃないですか!」
ホッと玲の顔から力が抜けた。
「いや、てっきり怒ってるから避けらてんのかと思って…」

そこで静久は玲がとんだ勘違いをしていることに気付く。玲は静久が怒っているから避けられたのだと思ってしまっていた。
(そんなことはないのに…)
静久は罪悪感に胸が苦しくなった。

「違います、怒ってなんかいません。」

勝手に言葉が出ていく。こんな気持ち知らない。静久はズキズキと痛くなる心臓を隠すように言葉を繋いでいく。

「本能的だったんです。わたしも自分の行動に戸惑っていたんですけど、本当に眠くて眠くて。意識とか朦朧だったんですけど…気付いたら神門さんの部屋で寝ちゃってたみたいで…その、なんか恥ずかしくて…どんな顔して会えばいいかわからなくて…。ーーーだから神門さんは悪くない、です」

溢れていく。止める術がわからない。こんなにも人を好きになったことはあるだろうか?静久は黙って聞いてくれている玲の目を真っ直ぐ見た。真剣な瞳。受け止めてくれている。それがどうしようもなく嬉しかった。

「あの、な。あたし本当は嬉しかったんだよ」

玲は照れたように頭をガシガシとかいた。何時もの逆立った髪の毛はなく萎れていてどこか可愛い。

「いやまぢで最初は驚いたんだけど、なんていうか一緒に寝たことなんてなかったし、その」

歯切れが悪い。玲の頬はほんのり赤らめている。静久は次の言葉に期待してしまっていた。

「すげーあったかかったし、ドキドキした」

玲は一瞬だけ目線を下に向けたがその言葉を口にする時は真っ直ぐ静久を見ていた。その瞳にどくんっと一つ静久の心臓が跳ねる。
(わ、わわわーー)
火が付いたように顔が熱い。煩い鼓動が指先にも脳にも足からも全身をけたたましく伝わっている。

「ほ、本能的なんです。だから自然と神門さんを求めていたんだと思います」

今度は玲が顔を赤くする番であった。さっきとは比べものにならない尋常でない程の熱に興奮を覚えた。
(か、かわいいーーーってか嬉しすぎて死にそう…)
恥ずかしさに両手で顔を隠してしまった静久は耳まで真っ赤だった。多分それに負けてないくらい自分も真っ赤なのだろうと玲は思っていた。

「仲直り、でいいよな?」
「はい…」

好きだから怖い。好きだから素直になれない。好きだから言わなきゃいけない。好きだから、好きだから、、、
もうなんなのかわからない。二人はただそんな感情を飼い慣らすなんて出来なくて好き過ぎて苦しくて、辛くて、泣いてしまいたかった。

「手、繋いでいいか?」

コクっと静久の顎が下がる。遠慮がちに触れた指先は熱かった。玲はキュッと力を込める。それでも満足出来ない気持ちに戸惑いを覚えて居ても立っても居られなくなった。軽く手を引く。簡単に傾く静久の身体を全身で受け止めてた。

「あわ、わわわ、」

玲は焦る静久をそのままに腰に腕を回して抱きしめた。次第に大人しく身を任せる静久に玲はやんわりと力を入れる。玲は静久の、静久は玲の心臓の鼓動を聞いていた。ドクン、ドクン、脈は速まるばかり。

「好きだ」
「わ、わたしも…好きです」

言葉は魔法だ。傷つけてしまうことも出来る諸刃の剣かもしれない。でも使い道によってこんな幸せで、こんなに愛しい。


(祈さんに感謝です…)
(斗南に貸しができた…)

二人は今日互いを分かち合えた。




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