昨夜と今夜の違いなんて然程なかったはずだった。ふと思い出すあの瞬間。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。そしてそれと同じぐらい安心しきって寝ていた事にも。

静久は警戒心は強い方である。一緒に寝るなどあり得ない、学園をひっくり返しても長年付き添っていたひつぎと恋人という形になった玲ぐらいである。
(はぁ、)
熱が篭る。心臓は煩いくらい暴れていた。これでは寝れないではないか。

そして昼間の玲を思い出して今度はげんなりするような溜息を零した。
(手は繋いだことあるけど…)
キスも寝床を一緒にすることもなく、昨夜のどんでん返しは自分のしてしまった行動。静久は自分のあからさまに玲を避ける態度に気付きながらも羞恥心に負けてそのまま今日を終えようとしていた。

「なんなんでしょー、もう駄目です…」

感情が上手くコントロール出来ず体内で渦を巻いているようだ。
同じ生徒会なのだから自然と顔は合うわ、言葉を交わさなければならないわ、ようは仕事で私情は挟みたくはないということだ。静久はどこまでも真面目でどこまでも疎い。なのに意識とはどこまでも凄い。今日は全て気付いてしまっていたのだ。必死に話しかけようとする玲を、チラチラっと頻繁にこちらを見ている視線を、その度恥ずかしさとあの温もりを思い出して一人悶絶している。現在進行形で…

静久は枕を抱きしめて白いシーツの上でゴロゴロいったりきたりを繰り返して、壁に頭をぶつけた。

「痛い…」

若干の鈍痛に瞳が潤む。なにをしているのか、自分はと自問しては消えて答えはなかった。どんよりとちょっとばかりの興奮のさなかーーーコンコン、と遠慮がちなノック音が響く。静久はバッと起き上がりドアを凝視した。
(誰だろう…)
ふと浮かんだのは玲の顔だった。もし玲ならば、と静久の顔は青くなる。
(ヤバイヤバイ、どうしよー。あーーー!!)

ゆっくり立ち上がり恐る恐るドアを少しだけ開く。そこに立っていたのは今しがた思い描いた人物ではなく、にんまりと笑う祈だった。





「えーと、どういったご用件ですか?」

静久は祈を招き入れて椅子に座らし静久は対面するようにベッドに腰を下ろしていた。就寝時間手前。突然の訪問者は至っていつも通りの笑顔の鉄仮面。静久は内心戸惑っていた。
(神門さんのことかな、、)
多分、否ーー間違いなく。口を開こうとする祈に心臓が音を立てていく。

「えーと「待ってくださいっ!!!」

気付けば遮るように言葉を発していた。

「その、あのっ。えー、、あーー。」

咄嗟に出てしまった声に祈は黙ってしまった。静久はそこでやらかしたと気づく。こんなあからさまな不自然な態度は祈に何かあったのだと、肯定しているようなものだった。
慌てふためく静久は段々と冷静さを取り戻しシュンと大人しく俯く。その手は硬く膝の上で握られた。

「落ち着いた?」
沈黙を破ったのは祈だった。
「…はい」
「玲のことでしょ?」
「……はい」

祈の目は侮れない。静久、否、生徒会では周知の事実である。
(あの斗南さんと互角だからなぁ…)
ひつぎをものらせるあのウエーブが掛かった生徒会の一人を思い出す。あれは頂上戦を控える前だった。白服同士の決戦の提案に条件を足してひつぎの頭を縦に振らせた人物。その人物と対等。否、たまに斗南が劣勢の時を見かけてもいる。
静久は諦めたように一息、困ったように眉尻を下げた。

「勝手な感情で神門さんを避けてしまいました」
「それは聞いてもいいのかな?」

そこで一つ疑問が湧いた。知っててこちらにきたのではないのかと。静久の怪訝な表情を察したように祈が口を開いた。

「二人の様子がおかしいのは朝から気付いていたんだけど、玲に聞いてもだんまりなのよ。なのに、静久を気にかけているし静久は静久で百面相だし…」

本当、困っちゃう。そう言った祈はわざとらしく溜息を吐いた。

「今、神門さんどんな様子ですか?」
「静久みたいに百面相の繰り返し。枕抱きしめてベッドでうねってるわよ。とりあえず、あっちは斗南さんに任せてあるわ」
「ははは、」

静久は乾いた声を出した。
(同じだ…)
そして少しの冷や汗と不謹慎にも同じことをしていた玲に嬉しいとさえ感じた。

「あの分からず屋で素直ぢゃなくて強がりな玲でも斗南さんなら頭上がらないんぢゃないかなぁ…」

頭がキレる。口は悪いが上手い。言ってしまえば彼女は姉御肌。いいように上手く事を運ばれている玲を静久は容易に想像できた。

「と、問題は静久。あなた」
「へ?」

想像に緩んだ頬が突然の風向きに引きつった。

「いくら寝込みを襲ったからって自分から好きな人を避けちゃ相手が傷付くのよ?」
「おそっーーー」

襲うだなんて、と静久の言葉は言葉にならずパクパクと金魚のように開いたり閉じたりを繰り返す。

「襲ってなんていませんよっ!!!それに知ってるじゃないですかーっ!!」
「へ?知らなかったわよ?」

今の今までは、と一言訝しみな言葉を残して見せたのは祈の携帯だった。

「ね?」

送信者は斗南と表示され、ただ簡単な短文が連なっていた。


《昨夜、神門が宮本に寝込みを襲われたらしい。それから宮本の態度がおかしくなった模様》

(誰がどう見ても誤解の生む文章だ…)
宮本は食い入るように携帯を見てそう思った。冗談ではない、と焦る気持ちに怒りさえ生まれなかった。ただ弁解したくて静久は怒涛のように言葉を並べる。

「違いますよっ!昨日眠すぎて意識がぼんやりしてて本能的に神門さんの部屋に入って一緒に寝ちゃったんです!抱き付いたまま寝てたらしくて恥ずかしい上に今日なんて顔もまともに見れたもんぢゃなくて、、あの、その……取り敢えず襲ってないですっ!!」
「あら、そんな事情だったのね」

祈はまくし立てるように言った静久に口角を上げた。やっと素直になったと。静久の顔が引き攣り、次の瞬間ハッとして耳まで真っ赤。まるで林檎のようだ。今更気付いても既に遅い。静久は祈に完璧に誘導されたのだ。

「は、謀りましたねっ!!」

好きな人を思って慌てる静久に純粋に可愛いとさえ思う。祈にはあまりこういう経験がない。夢中という事には同意できるがこんな可愛い反応はされたこともなければしたこともない。人それぞれの恋愛だ。結局祈と斗南の間にこんな可愛らしい初心な恋愛は皆無でディープな駆け引きの恋愛で成り立っているのだから、羨ましいとさえ祈は思ってしまう。

(ま、わたしと斗南さんの恋愛があるように、玲と静久の恋愛があるってことよね)

無い物ねだりと言うけれど、羨ましいと思っていてもそれを斗南に要求するというのはまた違った。
(わたしたちはこれで満足、)
ただ一歩。こんなことで終わるとは考えられないけれどすれ違いすぎている二人に後押しが必要なことは誰でも分かっていた。

「今日はちゃんと気持ちを整理して明日玲に話したらいいわ。ね?」
「はい…」
「伝えないとわからないこともあるのよ?」
「わかってます…」

(あー、なんかこの言葉前にも言った気がする。あの時は斗南さんだったっけ…)

返ってきた言葉は「そのままお返しするわ」だった。それに比べたら静久の発言は本当に可愛い。

「二人がおかしいと気になっちゃうのよ。お節介でごめんなさいね」
「いいえ。わたしが悪いんです。謝らないでください。それに嬉しかったんで…ありがとうございます」

静久は深々と頭を下げた。それを確認して、いいえと立ち上がったのは祈。次に見えた顔はどことなくスッキリしたような顔つきであった。

「それと、静久は悪くないわよ?好きなら当たり前。そういう気持ちに大切にしてね」

去り際に放つ祈の言葉に静久はなんとも歯痒く感じでならなかった。




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