※死ネタ


手が震えた。身体が動かなかった。喉も震えて声を無くした。目の前の少女の言葉が脳内に入り乱れる。そして反芻するが理解とは程遠く感じたのはわたしにとってその結末が最悪な結果でしかなかったからだ。
「わたし、もう長くないって」
天地を卒業したわたしたちは一緒に住んで、友達、主君、という関係性に恋人も加わって、互いの大学で将来を見据えて走っていた、はずだった。それでも御庭番としての役目だとか縛られてるわけではないけれど、いつだってわたしは夕歩を見ていた。
「ウ、ソ…だょ、」
やっと出た言葉が弱々しく濁って語尾は消えた。
「ウソぢゃない。ごめん。黙ってて。先月の検診でそう言われたの。」
「…だって、そんな。ぅ、うそだ!ウソだ。ウソだ。だって」
あんなに元気だったではないか。一週間前一緒にピクニック行ったよね。恥ずかしがってたカラオケにだって行って、少し肌寒い夜。秋だというのに花火もして、いつもより一緒にいれて…
そこで私はハッと気付く。そしてまた先程と同様に恐怖の念で手が震えた。力なく膝から地面に落ちて顔に手を当てる。指の隙間から見える夕歩はいつもより色がなかった。その唇が言葉を綴る。それが残酷で覚悟であった。我儘で弱音だった。
震える足で立ち上がるわたしの瞳からポタポタと落ちる水が地面を濡らす。夕歩をその場に残して走った。向かうは道場。手荷物は父親から譲り受けた長刀。
夕歩は決して弱音を吐かなかった。夕歩は確固たる信念を持っていた。夕歩は揺るがない意志をかざしていた。夕歩はいつだってありのままの私を見ていてくれた。とても強くて、しなやかで、優しくて、そしていつでも脆かった。そんなわたしに頼んだことは残酷をも凌駕する。言葉にできないことだ。それが少しでも嬉しいと、わたしを選んでくれた優越感なのか、よくわからないものがこみ上げてきてしまったわたしはイカれてる。そしてそれを頼んだ夕歩もイカれてるのかもしれない。
「ごめん、待った?」
「うーうん」
正座をした夕歩は笑っていた。とても穏やかに、こんな運命でしか生きていけない彼女はとても儚くとても眩しい。
「わたし、順のおかげで輝けたよ。今までありがと。わたしの我儘聞いてくれてありがと。こんなこと頼んでごめんね。順と会えてよかったよ。」
夕歩はわたしがプレゼントした着物に身を包んでいた。骨のように角ばった手が懐を漁り、取り出した白い封筒のようなものを目の前に置いて立ち上がる。
「願わくば、もっと順と一緒にいたかったよ」
わたしはその瞬間思わずその華奢な身体を抱きしめた。こんなに痩せてたんだね。気付いてたけど。こんな鼓動も弱々しかったんだね。気付いてたけど。それなのに見ることを拒んだわたしの目にはそれを映さなかった。見たくないものを無理矢理なくしたのだ。
「順、…ありがと…。愛してる」
「わたしも、愛してるよ」
だから、さ…ねぇ。
「わたしの最後の我儘を聞いてよ」
片手に彼女を抱きしめて、もう片方の手が柄を握り返した。
ーーじゅんっ、まってっ!やめて!!
制止ではもう止まらなかった刃は夕歩とわたしを貫いた。
苦く潰したような声が漏れる。痙攣するように互いの身体が震えて虚ろになり始めた瞳と目が合った。
「な、んで…」
「生き、る…も、ぐっ、死ぬも…ぉな、じだょ…」
覚悟とはいつだって追い込まれて始めて完成とされる。それを今知ってしまった。だから来世では夕歩と生まれ変わってこうなる前に覚悟ができる人間になりたいと思うけど結局また追い込まれて完成なんだと思う。
「バカ、で、しょ…」
「しってる、くせに…」
夕歩は望んでなかったでしょうね。でもわたしは夕歩の願いだとしても夕歩を殺して生きてくなんて、いない世界を生きて行くなんて無理だった。ただそれだけでわたしたちの完成はここだったんだよ。






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