「神門って祈と付き合ってンの？」
突拍子もない問い掛けに持っていた書類を全て落としてしまった。軽い紙が数十枚になれば相当の重量を持ち合わせるわけで、パシェンと音を鳴らした紙は廊下の真ん中に散らばった。
「あーぁ、、ナニしてンだよ。っンとうにさぁー」
あ、やらかした。と、さえ思えずに固まる私を余所に悪気もない隣人も脚を止めた。呆れた口調と怠そうな動作で攻撃をしかけてくるそいつは悪びれる様子もなく、「しかたねーな」と散らばった紙を拾い集めていた。
「つ、付き合ってねーよッッ！！」
「わぁッた、わぁッた…。ンな、赤い顔してないで拾ってくれませンかねー」
「あかッ…」
思わず片手で鼻から口元を覆い隠した。
「だれがーーーっ！！」
然るべく出た声は下からの威圧に全ては吐き出させてはくれなかった。斗南は坦々と私が落とした紙を拾い集めて行く。撫ぜる不快感と篭る熱を理性でとどめて同じくしゃがみ込み不可抗力であろうと、自身が落とした紙を集めていく。ちらっと盗み見した斗南の顔は何も示さない。
拾っている間に引いた熱と動悸に安堵し零れた溜息。皺になったスカートをパンパンと払いながら立ち上がり差し出された書類に不満にもお礼を添えて受け取れば追撃の如く、斗南は笑った。
「できねーこと約束しねーほうがいいンぢゃね」
「…なんのことだ」
「付き合ってないンしょ？？でも好きなンだ？」
「……」
黙れば斗南の口角がみるみる上がっていく。不愉快だ。戯れ言とかわせないからこそ。余計に、染み込んでいく。粗末だ。ぞんざいな斗南の言葉は真実を暴こうとする。土足もいいところだ。笑えないけど、詰んでもいねぇーよ。
「できねー、約束なんてするか！！」
これでもかと睨み付けた。握られた拳にじんわり汗が滲む。私の脳は既に黄色に埋め尽くされていた。だからこそ、前に出たに違いない。五月蝿い、五月蝿い。声は出ない。だから、私はただただ睨み付けていた。
これが精一杯の虚勢。
「横取りされないよーに気おつけナ」
無言の攻防を一瞬和らげた斗南は、それだけを残しヒラヒラと手を降った。恨めしく背中を睨み付けるも、負け犬のようで癇に障る。一人残された者に残るこの喪失感のような不安。きっと勘違いなんかぢゃない。震えそうな足を動かしその場を後にする。自分から自分への虚勢。これが毎日纏わり付いていることなんて始めから知っていたのに。
「あなた、なんかしたでしょ？」
「ン、あ？ナニがっすか？」
ベンチにドッと座る斗南さんを発見するのにそう時間はいらない。玲の血相変えたあの表情を見て、此処にいるんだと予想することなって容易だからだ。
「玲になんか言ったでしょ？」
「言った」
「なんで一回とぼけたかんだか…」
「感が鋭いのか癇に障る」
「悪かったわね」
ベンチの背凭れに腕を大きく預ける斗南さんの顔はきちんと見えない。反る背中に頭はベンチの背凭れから一つ分はみ出て上を向いていた。
「人のこと言えないわよ」
「だしょーね」
「鋭いのも考えようよ」
「…ほンっと、まちがえねーナ。ハハ、」
玲は紗枝が好きだ。紗枝も玲が好きだ。しかし両想いだというのに二人は結ばれていない。まぁ、そこには介入出来ずにいる。わたしも斗南さんも。斗南さんは苦しそうな紗枝を見て苦しそうに笑っていた。出来るだけの優しさを与えるように。
「あそこはさ、アタシぢゃダメなンだ」
ちょっと虐めすぎたか、とケラケラ笑う斗南さんの顔がやっと見えた。やっとこっちを向いたと思えば、彼女は何もなかったかのような表情をしていた。
「ただの八つ当たりだっつーの！アー、かっこわりぃー」
何時だって紗枝を見ていた斗南さんは何かあれば此処にいることをわたしは知っている。斗南さんが紗枝を第一優先に考えて行動していることをわたしは知っている。
「報われないわね」
ーー お互いに…。
なんて言えるはずもなく「うるせー」と悲しく笑っている斗南さんをただ見ていた。何ヶ月もずーっと見ていたんだから。