俯瞰の風景、夕歩と一緒に寝る暖かい布団。順が好んでいた楽しみが此処では全てダメになっていく。どう足掻いても、この場所では嫌悪感しか感じ取れなかった事をあの時のわたしは漠然としか受け取れていなかったのだと順は降りしきる雪を眺めていた。縛られたこの病院からの風景が、一緒に寝る病院の暖かい布団が、嫌いで嫌いで、それ以上に夕歩が此処を嫌いなんだと思えば吐き気さえ出そうだった。




「真っ白だね」

ーー今朝降ったばかりなのに
夕歩の抑揚のない声が冷たい雪に似ている。外に出ればその声さえ白く染まるなら、暖かいんではないか。順の吐く息もまたそうだから、同じだと言うのに。ただ、ストンと落ちてくる声は夕歩のもので、冷たいはずの場所だというのにその証さえ掴めず、順は閉塞的なこの空間から目を逸らすよう外を見ていた。

「今日は寒いよ」
「うん、寒そうだね」
「うーんと、寒いから。ちゃんも布団かけてよ」

冷たいシーツを肩まで上げようとしたら、夕歩は大丈夫だと、シーツを持つ順の手を抑えてやんわり拒む。そればかりでなく、外を見ながら呟いた言葉に順は困ったように笑うしかなかった。

ーー外に出たい。

普段でさえ極力、外室を控えさせられていた夕歩が真冬で、しかも大雪の中を出歩くのは流石に自殺行為としか言いようがない。

「今日は寒いからー、この順ちゃんとあっためあいっこしよーよー」
「気持ち悪い」

夕歩の一言にガーン、と順に重みがのし掛かる。

ーーキモい、キショい、より気持ち悪いって言われる方が傷つくんだよ…

シクシクとわざとらしく目元を拭い、盛大に会話を逸脱させたというのに、順の冗談も虚しく夕歩は、
ーー外に出たいと呟いた。

「風邪ひいちゃうでしょ?」
「なんともない」

今日は強情だと順は苦く笑い、歪みそうになる顔面をどうにか作り塗り固める。なんともない、きっと昔ならそうだね、で事済んでいた変哲もない会話だった。寧ろ、順が促しては、夕歩を外に外にと連れて行っていたのに、、、今は望んでいる事を叶えてやれない。もどかしさだけが順を支配して、結局落ち着く先は溜息さえ出ない諦めだった。

ーーなんともなくない、
ーーなにがあるかわからない、
ーーこれ以上、これ以上、夕歩を…


苦しめたくないと、そう思って、それさえ矛盾だと思えて堂々巡りだ。何もできない事が苦渋で、なにかしても苦渋で、、本当に堂々巡りだった。


「ごめん、」
「夕歩…」
「困らせた」

夕歩が謝る事ではない。夕歩はただ願望を伝えているだけ。なのに、伝える事も夕歩にとって足枷で謝罪のための願望ならば順は一瞬、そんな事も全部ひっくるめて粉々に潰してやりたかった。

ーー外出て。後ろから押して。雪に埋めてやろうか。

そんな事したら、夕歩は怒るかもしれない。もしかしたら不服そうにしても笑って許してくれるかも。いやいや、もしかしたら、一緒に転がってるかも。
ーー夕歩は強いからなぁ、転ばされるかもな、、


笑える話が笑えないのだ。順にとってその妄想も想像も創造に出来ない。今は、全て剥ぎ取られる。

「ただね、順と外出たいなぁーって…」

ーー雪合戦、またやりたい
ーー綾那とゆかりも混ぜて

また一つ、二つ零れ落ちる。
鈍器で殴られたような衝撃。締め付けられるような苦しさに順はどうしていいか、なんの言葉をかけていいのかさえ分からなくなった



夕歩の身体は蝕まれている。考えたくはない事実は容易に夕歩の願いも、順の希望も奪っていく。

ーーあたしだって、夕歩とっ!!

苦しいのは夕歩だ。悔しいのは夕歩だ。あたしぢゃない!!!


順の過保護さは異常だった。当人達でさえ理解している。それでも、心配する言葉も、護ろうとする行為も全て本意だった。それが夕歩にとって鬱陶しいだけの煩わしさしかなくとも。それぐらい大切だった。でも、でもだ…。それな本意だとしても、出来るならこんな事をしたくはなかった。苦しませて、辛くさせて、頑張る事さえ奪うような言葉も行為も。


順は黙り込んでしまった。真っ白いタイルは雪ではない。それでいて、冷たいんだと思えば、本当は何もしてやれない自分が嫌で嫌でしかたないんだ。

沈黙が流れる。嫌な静寂だと順が思う中、夕歩が僅かに動く。


「だから、さ」

柔らかい声は先ほどの冷たさを感じさせず、冷たく染まっていた心に響く。順の手にも温もりが届く。いつの間に握り締めてしまっていた拳を夕歩が包んでいた。

「来年やる!絶対!!大丈夫!絶対戻るし、順とたくさん笑う」

泣きそうになって、笑った。きっと、正解は後者だったから。夕歩は強い。零れ落ちそうになっても必死に掴んでしまう。

「戻るまで鍛えといてよ。サボってたら木刀で殴るからね」

励ましたいはずのあたしが逆に励まされてしまう。

「そんな事したら流血沙汰だから。どっかの暴君みたいにならないでよ」
「それ、そのまま伝えとく」
「ちょ、待って!姫っ!それだけわ〜〜」
「姫っていうなっ!」


もう少し待ってて。絶対に適合して手術成功させて、この世界から連れていってあげるから、、、、






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