チャイム音は授業だけでなく学校そのものを終えた最後の鐘の音だった。忙しなく人が教室からはけて、もちろん私も例外なく教室を出て行くのだけど、そうだ。今日は居なかったなぁ、だからって此処にいるっていうのも可笑しい気がするんだけど。どーなのよ、コレ…



「オイ」

自分でも低い声が出たと思う。鍵を閉めていたはずのドアに鍵を入れて回せば逆に閉められてしまった辺りから嫌な予感はしていた。
祈は主人のいない部屋で主人が知らぬまに堂々とベッドに寝転がっている。寛ぎ過ぎている。許可もなしに、我が物のように。普段着姿の祈は手をヒラヒラと挙げて、おかえりだなんて悪気も何もあったものではない。そして、そんな姿に居座ってから随分の時間が立っている模様。


「聞きたい事はたくさんあっけど、すっ飛ばすわ…出てけ!!」

キョトンとした瞳がこちらを見る。まるで、なんで?と言うように訴えていた。

「おかえり、って言ってるんだからちゃんとただいまって言わなきゃダメでしょ?同棲してもそれぢゃ、わたし泣いちゃうわよ」

足が空中でバタバタと風を切っている。そしてゴロンと寝返りをうつ祈はうつ伏せになってシーツに顔を埋めた。シクシク、とわざとらしい仕草。所謂泣き真似で、笑ってもやれない。そして勝手が悪いもんだから悪態も付かないのが正解。


まず、だ…
なんで此処にいんだよ。とか、どーやって部屋に入った。とか、学校はどーしたんだ。とか、聞きたい事を完全にスルーした私が悪かったのだろう。だから、あちらも構わず、かも当然とそれをスルーするから選択肢と言葉を間違えたとそこで気付いた。

ーーってか、同棲ってなんの話だ!

罵声も溜息に変わり、鞄を放り投げてドアを閉めた。すれば伏せた頭がピョコンと挙がりしれっと言葉を紡ぐ。

「柊ちゃん、おかえり」
「…ただいま」

思考も理由も、気怠さに諦めた。居るとこ、居るとこ、ひょっこり出てくる祈に免疫はついていたけれど流石にこのパターンは始めてで困惑、、というより驚きに近いものがあった。しかし、もうどうでもいい。突拍子もない行動は祈の範疇内で、それに慣れてしまったのも偶然ではないということだ。

「わぁー!!素敵な旦那様になることでしょー」
「アンタの思考って嵐のようだな」

てへっと舌を出した祈に、褒めてねーんだけど、と頭を掻きながら腹辺りのベッドに腰を下ろした。

「学校どーしたよ?」
「サボっちゃった」
「あっそ」

予想はしていたけど、見ればわかるけど。結構今日はイレギュラーだった。

最近は慣れてきた反面、色々見えてくるものもあって、それが意外性だったり感情論だったり突発的なものであったり。きっと付き合う以前と付き合った当初と今現時点で余裕さが歴然と違うのだろう。そうなれば少しは成長したんだと思う。それと同時に慣れたくもないとさえ思うから矛盾螺旋だ。


ふぅ、と上着に手を掛ける。ボタンを外せば背後から突然の力が働いて、上着だけを後ろに引っ張ってくれた。スルッと難なく脱げていく上着に軽くなった長袖一枚越しに柔らかいものが押し当てられた。背中に、そして後ろから回る腕に、いつの間にか膝立ち状態で祈の重み半分以上が乗し掛かる。

「一人部屋って便利よね」
「祈も一人部屋ぢゃん」
「違うわよ。柊ちゃん全然部屋に来ないぢゃない、だからわたしが行くの。一人部屋でも柊ちゃんが居なきゃ意味ないもの」

清々しい啖呵を切るものだ。恥ずかしさを与えられるのは私だけなのだろうか。ぐるぐる、目まぐるしい程のストレートな愛情表現。昔はもっとややこしくて、歪んでいるんだろうと腹を据える事さえしたというのに、いざ関係を築き上げたら上げたで覚悟が崩されてしまうもんだから、人付き合いって一生発見の塊だと思う。

スリスリと後ろから頬を擦り寄せてくる祈の頭を撫でた。こうして、甘えるようになったのはいつからだろう。思い返せば付き合いたては結構冷たかった気さえする。過去を掘り返しても思い出せないけど、意外だと驚いた事実だけは今も鮮明に覚えていた。

「祈って、付き合いたてから私のコト好きだった?」

突拍子もない質問だと熟知している。案の定、祈のーーはい?っと少しばかり不服そうな声が耳元で聞こえた。見なくても、少し不機嫌だと分かる。そういえば、こうして露骨に感情を表に出してくれるのに相当な苦労と時間を要したんだよ、と笑ってしまった。

「なに笑ってるのよ」
「わりぃ、わりぃ。ーーデ?」
「ん?」
「どーなのよ?そこらへん」

問いは継続中で、すんなりと言葉が返されるのを期待したというのに祈は、ーーん〜…と考えるような声を出したから微妙に焦った。

「えーと、考えちゃうンすか…」

傷付くンすけど…。と項垂れた頭の上に顎が乗せられたかと思えば、くすりと祈が笑った。

「はは、バカね。好きだったわよ。柊ちゃんが好きになってくれるより前から、、今はもっと好き」
「……。ぢゃぁ、なンでしぶったんだよ…」

絞り出した。一生懸命と言っていい。だって、こんなの…ずりぃ。項垂れていた頭が余計に下がる。腰ごと曲げていたらしい、祈の身体がほぼ乗っている。けれど、挙げれない。こんなにも熱い顔、見せれない。

「柊ちゃんはわたしより不器用なの、自覚ある?感情を隠しちゃうから、だからちょっと意地悪」

耳真っ赤だよ?
そう言ってはむっと耳を囓られた。瞬間、走る電流に狼狽しそうになって理性で押さえ込んだ。多分、これだ。理性が案外カタッ苦しく出来てるらしい私は祈の突発的に与えられる愛情にだけ慣れない。から、荒治療もいいところだ。こうすれば、顕著に剥き出しになる表情も身体も知っている。理性はあっても活動しなければ意味がない。そんなもの祈の手にかかれば塵にようで、ガタが外れていく機械のように粉々だった。


咥え続ける耳を強引に離して、後ろにいる祈の身体を捻って持ち上げた。軽々しくもあるその行為と突然訪れた浮遊感に驚きに変わった祈の顔は知らん振り。そのまま向かい合うように膝に跨がせれば、ーーえ、え、え、と少し慌てた素振りを見せた。

「紗枝」

名を呼べば林檎のように真っ赤になる事を知った。

「柊ちゃん…」

そう呼ぶ声が雑音や隔たりもなくすんなりと心地良いと思っている事も知っていた。

触れ合う身体の体温が安心感をこの上なく駆り立てる。ベッドぢゃ、獰猛らしい。でも手つきは優しい。そう教えてくれるのも祈だ。
気付き、気付かされ、与えられて、与える、正しくギブアンドテイク。

「好きだ」
「わたしも、好き」

腰を引き寄せた。いやらしい腰付きだ。視覚的にそんなのもわかってた。けど、触れたら一段と著しい。唇だって柔らかそうだと、思うだけなら優しくもなれた。いざ、重なれば情緒的なリアルな柔らかさに食らいついてしまう。


こうして、どんどん好きになって、この感情を蔑ろになんてできっこない。気づいたのは自分。植え付けたのは祈。それだけで大切な要素の塊だった。











「なのに…」

慣れってこえーな。そう言えば隣に寝そべる紗枝は、ナニが?なんて私が言うような事を言うもんだから、笑ってしまう。一緒に居すぎると似るらしい。よく聞く噂で話題だ。思考も口調も仕草と顔も。まさか、と信用はしていなかったつもりが、共有する時間が多くなるにつれ、紗枝の大胆さがうつるわ、紗枝も紗枝で私の口調がうつるわ。二人して、事情の嗜好が似てくるわ、大変なことだ。

「ナニしたいの?」
「今したばっか」
「まだ朝日が登ったばかりよ」
「あー、あと何回すっかなぁ〜」

冗談混じりに笑って、紗枝の腰にしがみ付いた。頭上から、ふふと不敵な笑みが聞こえるから気持ち悪りぃなんて零した唇を骨盤の溝に押し当てた。

ピクンと僅かに腰が震えた。押し当てたまま目だけで紗枝の顔を見たら、恨めしくムッとしている。面白くなって何度も継続的に触れれば、ーーン、と事情時の初期段階の音色。

「ちょ、やめて」

段々本格的になってきた不機嫌さに怯まず、揺れる腰を抑えて繰り返し繰り返す。執拗までな稚拙な行為に、紗枝が我慢の限界とばかりに右足が上がる。あ、とした時には既に顔側面に足の甲。バシンッと見事な蹴りで一つ分ころっとベッドに転がり仰向け。

「イッたばかりっ!!」

慣れってこえーな。本当に。何度も同じ事を繰り返して与えられると知っている痛みさえ、あぁ、日常そのままって思うんだから、同棲も悪くない。

ばかっと罵られ、何度も身体を重ねて、数えられない程口づけして、知り尽くして、笑う。慣れて慣れて、それでも飽きないこの日常は以前のものよりはるかに成長し生まれてしまった手放せない日常。






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