「客が言う”好き”とか”可愛い”だとかそんな言葉程、わたしを嫌悪に満たす言葉はないんです。触れられたものならそこで亡き者にしたいぐらい殺意が芽生えますよ。」
「だったら辞めればいいンぢゃねーの」

わたしがキャバクラで働こうと思った理由は綺麗なドレスで着飾れるから。てっとり早くお金が稼げるし、働いて早々運良くお客も出来たから出勤も別段決められてないし、送迎もあれば好きなモノも貰えるし、飲めるし。ただ連絡とかこまめにするのは窮屈だった。そして同伴という形で外で会うのも死にたくなるぐらい嫌だった。

プラスとマイナスを天秤に掛ければ数的にも重み的にもマイナスが勝る、けど。どーだろ?そこに一つ辞めない理由を加えればその天秤は用意に傾くから。

「でね、客の一人に好きって言われたんだけど、」
「話し噛み合ってねーぞ」
「それがどーしてもわたしにとって悪口というか気持ち悪くて耐え難いのよね」
「だから辞めれば?」

スーツを身に纏う柊ちゃんは鬱陶しそうに吐き出した。此処のキャバのボーイさん。だけど性別は女。なのにそこら辺のボーイさんより男勝りでイケメン。長身だし、綺麗な顔付きをしてるし、キャバでも充分通用するけど一つ気になる事があるとすれば言葉遣いが悪過ぎる事。態度全般悪いのだけど、営業中だと仕草はどうにも直そうと改めているようだ。

「わーい、これ欲しいって言えばなんでも買ってくれるけど。そんなのいる?持ってるだけで汚れるわ。売る程落ちてもいないし、そんな男性に媚を売るのも嫌よ」
「アンタ、キャバ向いてねーな」
「この間なんて見た?ツルツル頭の社長が来たぢゃない?ヘルプに入った後輩に鼻の下伸ばして甘えてたわ」
「あー、オッサンだもんな」
「オッサンだけぢゃないわよ。この間初めてきた、、御曹司?だっけ?眼鏡掛けた以下にも頭が堅そうな顰めっ面の人。あの人ヘルプに入った先輩のヒール舐めてたわ」
「あー、そンなこともあった気が…」
「男性にも幻滅して女性にも幻滅。そんな職業を辞めない私にも幻滅する」
「だからっ!辞めればいいンぢゃね!?」



仕事終わりの一杯がいっぱいになってどのくらいの時間が立っただろうか。悪酔いするつもりもなかったのに、送迎ついでに無理矢理連れて来たバーで入り浸り、吐き出されるのは愚痴というより文句に近かった。


夜の世界は現実と空想を混ぜこぜにしたような独特の雰囲気を醸し出す。快楽だったり、憤怒だったり、作り出される空間は歪で不確か。明日には客の顔なんて忘れるぐらい。なのに毎週毎週来られると嫌でも顔を覚えてしまうから難儀なものです。枕営業している人もいるわけで、愛だとか恋だとか此処では愚弄されるばかりなのに、現にスタッフと客で色恋いに発展してしまうケースもある。そういえばあの先輩はお金を沢山つぎ込まれて心も動いたとか…。馬鹿らしい。なんて汚いのだろうか。綺麗に着飾ってもドス黒いならば意味がないではないか。そう思うのに汚い世界でも綺麗なものばかりを探してしまうわたしも滑稽でしかたないけど。


「辞めたいわよ」
「おうおう、辞めろ辞めろ。アンタには似合わない。あ、でもあれはすげーと思った」
「あれって何よ?」
「鉄仮面。つか、顔色は至って変わらずってところ」
「あんなの簡単よ」
「でも、今のがアタシは好きだけど」

サラッと言うから聞き逃してしまいそうだった。柊ちゃんは悪餓鬼の悪戯好きのような子供じみた顔で笑っていた。そこから見える八重歯とか、表情だったりだとか、醸し出すオーラがリアルで此処では浮いてしまう。

「ねー、なんで柊ちゃんは此処で働き始めたの?」
「ン?あー、祈と同じようなもンだよ。金が欲しかった。でも生憎、媚を売る技量もなければオッサンどもの相手もゴメンなもンで…」
「だからボーイさん?」
「そ」

きっと、あなたのその表情は昼のあなたと似ているのかしら。否、もっとキラキラしているのかもしれない。

「辞めちまえ」

そうだ、柊ちゃんの事をそう思うようにわたしの昼の世界がどれだけキラキラしていたのか自分でも理解できた。きっと、わたしは外面は向いてても内面は全く向いていない。そんなの分かっていたけど、でも…

「辞めれない、のよ」
「なンでよ?」

ーー教えない。そう言えば怪訝そうに顔を歪めた。そんな表情も好きだ。

幼馴染とも恐ろしい程激しい喧嘩をしたというのに辞めず、自分のプライドも捨て去って必要最低限の相槌と媚を売って、暴言としか言いようのない愛の言葉を呟かれて、そうして自分を偽る理由。プラスとマイナスの天秤を用意に動かしてしまう理由なんてーーただあなたが此処にいる。たったその一つしかないぢゃない。






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