行きつけでもなんでもない、たまたま見つけた小洒落た居酒屋のカウンターの隅っこで今にも泣き出しそうな女にとことん卑 下した視線を向ける。歪んでいく顔、震える唇、露わにする感情。どれも嫌悪感でしかなく、とてもではないが同じ空間には居たくなかった。

「付き合ってもないし、こーやって話し合いをしているのも可笑しい話なのに時間を取ってるんだから潔く諦めなよ」

ーーパシッ
と清々しい音が鳴った。ジーンとした頬に其れ程痛みはない。女を睨み付ければ泣いていた。遂に泣いたか。煩わしさこの上ない。泣けばいいと思ってるのか。こいつは。それなら尚、いやらしい内面だ。

「最低っ!!」

そう叫んだ女はお札を置いていく事もなく手荷物だけを持ち早々に居酒屋を出て行った。彼女の所為で淀んでいた雰囲気が一掃されて本当に良かったと思う。

身体だけの関係で都合の良い存在。ふらっと猫が雨宿りをするぐらいの偶然で薄っぺらい行為、人間、関係。其処に情などない。まして恋心など以ての外。だというのに鬱陶しい感情を植え付け始めてしまったそんな彼女に心底呆れ、終止符を打っただけで平手打ちとは中々殴られ損をしていると思う。そんな玩具いらない。厄介事になったら終わりなことぐらい理解していたと思ったが…ハズレくじを引いたらしい。




「ナーバスな酒はいかがっすか?」

ふと、暫くうつけていると突然視界にロックグラスが入った。見れば長身の女が口角を上げて笑っていた。

「なんです?」

ロックグラスを揺らしながら問い掛けた。何が彼女を小気味良くさせたのか、至って愉快にしている彼女は頬杖を付きながらもう一つ、自分用のロックグラスを片手に持った。

「バーボン。刺激的だろ?あの女みたいに萎えさせねーよ?」

威嚇的な目元はつり目で印象的。攻撃性が強い目付きだと思うけれど、ただ単純に面白がっているだけなのだろう。尚且つ、悪い人ではないようでーーあたしの奢りだ!と勧めてくれたバーボン。マイナス面で誤解されやすい人なんだと少々可哀想にも思えた。

「いいんですか?」
「グイッとイけって」
「なんで?」
「つまんなそーな、辛気臭い顔しってから憐れみをちょいとな」

そう言った彼女は男勝りにもロックグラスをグイッと飲み切った。美味そうに飲む人だ、そうして、ーーほら、とでも言うよに目配りをした彼女とロックグラスを交互に見遣りおずおずと口に付けて一気に飲み切った。

「ガホッ!!ゲホッ!ーー 〜〜〜っ…」

ーーうおっ!なんだこれっ!!

アルコールが喉を焼いているように熱い。飲み切ったはいいが、受け付けるのを拒んでいた身体は噎せ返る。しかも胃がどんより重くなった。

「お子ちゃまかよ…。ま、普通それチビチビ嗜むもンだからな」

そんなもん一気に飲ますなよ!!と言いたいが喉から声が出ない。お子ちゃま、という発言にも些か不快だった。

「…意地が悪い」
「ハッ、アンタが言うなよ」

やっと絞り出した言葉も呆気なく返され手が抜けない相手だと思った。少しばかり同じ匂いさえ感じる。しかし、違う。漠然としているそれが異様なもので、腑に落ちない。もっと、こう…凄みのあるというか、なんというか。確かなのは自分より何枚も上手だということだ。


「あれ、彼女だった女?」
「違いますよ。彼女なんてものつくったこともない」
「へー、面白い奴」

手際の良い事で、既に用意されていた真新しいロックグラスをわたしの目の前に差し出した。それが自然で優雅で気付くのが遅れてしまったようで、本当にいつの間にか用意されている。今度は促される事となく、アルコールの塊のような酒をチビチビと飲んでいるにも拘らず目の前のバーテンダーは煽るように一気飲みをした。

「それ、チビチビ飲むもんぢゃないんすか?」
「あ?チビチビ飲んでいい事あるか?一気飲みしても美味いって感じるんだからいいンだよ。アタシは。気分によりけり」

はぁ、と一言返す。どっちにしても酒への免疫はとても強いようだ。表情は変わらず、飲み漁る。こんなバーテンダーいいのか?と思うが、まぁ、店自体も小さい。それに二人程フロアー従業員がいるようで何かあっても心配する事はないか。とささやかに思ったが初対面に心配する義理もないではないかと思い直す。


「なぁ、いつもそんなつまんなそうな顔してンの?」

淡々な質問だった。彼女の表情を見れば関心など塵程も無い事がわかるぐらい淡々だった。やっぱり心配する必要なんてない、、この人は、否、この人も一人で生きていける人間だ。種類は違えど同類項で纏められた人間だと。

「つまらないんですよ」

だからなのか、それとも見知らぬ人だから後腐れも何もないからなのか、あまり自身の心中を話す事などないわたしが、口が、次々に動き出している。

「つまらない日常に刺激が欲しいんです。面倒臭い事が死にたくなるぐらい嫌いで、それでも刺激が欲しくて、、」
「だからセフレ?」
「まぁ、それもありますね」
「そんで?」
「仲が良い幼馴染が三人いるんです。その三人は面倒臭い事を受け入れるんです。それがとても嫌気がさして…でも手放せない。イライラするんですよ」

わたしのする事はわたしの責任で、わたしが始末すればいいではないか。それでも鬱陶しいぐらい親身に接する三人は、手段は別々でもわたしを決して手離さない。

「三人のうちの一人は冷たくあしらったと思えば影で色々してるんです。それにも苛立つ。ほおっておけばいいのに。関与する。微妙に距離を図りながらも、わたしを気にする」

手を差し出す。いつでも、どこでも。その優しが怖い。必要ないモノまでくれそうで怖い。


「なんだ、アンタ幸せ者か」
「どこがっ!!」

だんまりをしていた彼女がふとそんな事を零した。瞬間、カァーッと頭に血が上る登るのが分かって堪えようとしたが、荒々しくなってしまった。それでも彼女は飄々としている。何もかも見透かすようなそんな瞳を向けるから居心地が悪い。

「本当に好きな奴いねーの?」
「…い、ない!」
「ならさぁ、」

そう呟く彼女は怪しく笑みを浮かべた。ゾクッと背中を撫で上げられたように、鋭い殺気に似ている感覚。妖艶な表情がカウンターを隔てて近付いた。

「アタシとヤらねぇ?」

難しい事ではない。思考をすんなり止めた。こんな心中を曝け出したのも、この誘いに乗ったのも、きっとナーバスな酒の所為だ。熱いアルコールが原因だ、簡単にまとめ上げて脳内にあった人物像を一気飲みで消し去った。





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