「空が青い」

 学校に来ても特にすることもしたいこともなく、朝から屋上でゴロゴロしていたらいつの間にか眠ってしまったようで。授業出ろよって話なんだけど。てか今日の降水確率50パーセントじゃなかったっけ。超暑いし太陽カンカン照りじゃん。あと一時間寝てたら丸焼きだったわ。あれ、でも曇りの時ってヘンな焼け方するんだっけか、ミスった。

「カバン置いて来ちゃったんだっけ」

 せめてお弁当だけでも持ってきとくべきだったわ、失敗。あれ、今日私お弁当だったっけ購買だったっけ。朝お弁当作った記憶はないなあ、ってことは何か買いに行かなきゃどのみちお昼にはありつけないってことか。うんまあ面倒だけど、お腹すいたし取り敢えず購買行くか。人の海に流されに行くようなもんだけどまあ仕方ないっていったら仕方ない。
 ある程度の覚悟はして行ったのだけれど、予想に反して購買はガラガラだった。正確に言うと、人が居るには居るんだけど女の子が極端に少ない。何々、今日は皆お弁当の日なの?女子力バンザイなの?

「ハムカツサンドとクリームパンとチョコドーナツと焼きそばパンとメロンパンとバナナミルク、ください」

 購買のおばちゃんは、話しやすくて好きだ。たまーに、ちょっとしたおまけもしてくれたりするから、私はすっかりおばちゃんのとりこである。かっこわらい。

「今日も随分がっつりっスね」
「うんまあ半分は晩飯か明日の朝ご飯ってとこ、つうかいきなり出て来んな」
「ダメっスよーもっと栄養あるモン食べないと」
「あんたは私の母親か」

 いきなり騒がしくなった周辺にどこか違和感を覚えた。再び屋上へと足を進める私の後を早足で付いて来る金髪を軽くあしらいつつ徐々にスピードを上げる。何こいつなんでどんどん速くなんの。ちょっとかなり嫌な予感するんだけどコレ何。

「苗字っちー1つお願い、きいてくれないっスか?」
「すごいヤな予感しかしないんですけど」
「オレを匿って欲し」
『黄瀬君見つけたーーー!』
「お断りします!」

 女子の黄色い声があたりに響く、とほぼ同時に、黄瀬が私の腕を掴んで走り出す。ちょっと、私断ったよね?何勝手に巻き込んでくれてんだこのパツキン野郎。パツキン!おい!とまれよ!

「腕離せよ黄瀬」
「苗字っちはこれからまた屋上スか?」
「それが何よ」
「オレも行こっかな」

 何でそうなるんだよと内心思ったけれど、駆け出す直前にちらりと見えた、おそらく黄瀬を追っているのであろう女子達の軍勢の私を見る目がちょっとどころじゃなく恐ろしかったので、もつれそうになる脚を必死で動かす。少しは私の歩幅に合わせようとしてくれてもいいんでないの。まあ私の運動不足が災いしてるとこもあるんだろうけども。


「は、っ」
「おー、空、青いっスね」

 あーはいはいそうですね、なんで息ひとつあがってないんだよこいつ。こちとら息あがってる上に汗だくだしこれどうしてくれんの。無駄な体力使ったわ。

「わ、たしを巻き込むな、バカ黄瀬」
「何のことっスか」
「クタバレ」

 息整わないし横腹いたいし、空きっ腹で走るとこうだからいやだ。その場に寝転ぶと、黄瀬が見下ろしてくる。上から目線うざ。

「せめて座れば。見下されてるみたいでかなり嫌だから」
「そんなつもり無いんスけど」
「話しにくいんだよ」

 私がそう言うと黄瀬は私のすぐ横に座った。体育座りだ。膝を両腕で抱えて、その上に頭をのせて、視線はまっすぐ前を向いている。

「これで、どうっスか」
「…まだマシ」

 黄瀬の髪が太陽に透けてきらきらしてて、きれいだと思う。絶対口になんて出さないけど。私がぼうっとしていても黄瀬はひとりでぺらぺら喋っていて、時折意見を求められ「聞いてなかった」と返せば困ったように笑う。そしてまた、喋り出す。

「あ」
「ん、なんスか?」
「結局、あの女子の大群はなんだったの」
「体育館で自主練してたらいつの間にかわらわらと」
「増殖したみたいな言い方やめてあげなよ」

 なるほどそういうことね、人気者もつくづく面倒くさそうだ。黄瀬は世間でいう恰好良い部類の人なんだろう。そして、¨黄瀬涼太¨といえば、やれキセキの世代だの、やれ人気モデルだの、皆口を揃えてそう言う。何だかそれはちょっと違う気がするわけで。まあ事実なんだけど。

「なーに考えてんスか」
「んー…黄瀬も普通なんだなー、って」
「普通?」
「普通、ていうかちょっとオプションが豪華な男子」
「何スかオプションって」

 頭上から黄瀬の呆れた声が降る。オプションと言うか、そもそも運動神経良し顔良しとくればそりゃあ女子が放っとかないだろうし。素材だけでも充分なのに、その他諸々が更に引き立ててる感じ。まあそういう意味の¨オプション¨。
 でも、浮いた噂はあんまり聞かない。何でだ。もしや意外と一途か、それとも女子に興味ないとか?そんなことを考えながらちらりと黄瀬を見上げれば、ばちっと視線が噛み合う。何で私なんか見てんだこいつ早く目逸らせよ、ていうか私が逸らせばいいじゃんか。雰囲気あやしいんだよばか!

「…苗字っちは、…あーやっぱ何でもないっス」
「言いかけてやめないでよ気になる」
「じゃあ言うっスけど!」
「キレんな」

 いきなり大きい声出さないでよ吃驚するから。肩ビクってなったのバレてないといいな。

「…苗字っちは、」
「うん?」
「何でにやけてるんスか」
「ごめん真剣な空気に耐えられなくて。でもちゃんと聞いてるよ?」
「…他のやつの前でも、こんな感じなんスか?」
「どういうこと?」
「寝転んだり…相手に隙、見せたり」
「んー、あると思う?」

 さっき指摘されたばっかなのにまた口許がゆるむ。だって真剣な顔してよく分からないこと言うから、つい笑っちゃう。黄瀬が少し悩んだ後「…あんまなさそう」とか言うから私はお腹を抱えて笑った。じゃあ聞くなよ!
 訊かれてはじめて考えたけど、校内外関わらず此処まで気を許す相手はそんなに居ないなあ。

「私、黄瀬のこと嫌いじゃないし」
「…じゃ、好き?」
「何その切り返し!謎の女子力発揮すんな負ける」

 そう平静を装いながらも内心、不意を突く質問に動揺してしまった。私は自惚れているわけではないけれど、鈍くもない。だって黄瀬の目が、さっきまでと違う。どう、答えろっていうの。
 視界に捉えたのは、うざったいくらいの青空と。


20120909
title by sunao


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