就職すると決めてからの時間の流れはとにかく早かった。元々進学する気は無かったし、そもそも進学なんてできる成績でもなかったし。だったら早いうちから家にお金入れて、所謂ささやかな「親孝行」でもしようかな、なんて思い至った。とはいっても家を出る気は皆無だから、まあ迷惑を掛けてる事には変わりないんだけど。

 年の割に若く見える、童顔だと言われ続けているこの外見、顔は化粧で多少大人っぽく出来たとして、次に問題なのが背丈。150センチと少し。平均身長にかすりもしない。ヒールの高い靴を履いたら足の裏がつりそうになったから、低いパンプスどまり。
 スーツの採寸がてら試着をしてみたら、鏡に映った自分がスーツに着られているようにしか見えなくて居たたまれなくなった。
 神様は私にもっと優しくしてくれてもいいんじゃないかなあ。


「やばい!バス!行っちゃう!」

 カポカポのパンプスでバス停までの坂を全力で駆け上がるのが毎日のことになりつつある。すぐ息が上がってしまうあたり、老けたなあ、と思わざるをえない。バスに駆け込んで息を整えながら、明日は5分早く家を出よう、と考えるようになって早3週間が過ぎた。このまま夏が来たら汗だくで死ねる。

 職場内の環境は割と恵まれている方だと思う。周りはいい人ばかりだし、残業もないし。というわけで本日も私は5時直帰なわけなんだけども。この時間のバスは混むから嫌なんだけどまあ仕方ない、と思いながら乗車し、適当に空いてる席に腰を下ろしたのが十数分前。それとほぼ同時に、右肩に重みを感じ始めた。
 ちらりと隣に目をやると、少年が私の肩に頭を預けてすやすやと寝息をたてていた。制服を着てるから多分学校帰りなんだろうな。時々寝言を言ったりもぞもぞ動いたり、落ち着きがない。起きている時もそうなのかな。そんな事を考えながらふと、この子は降りるバス停大丈夫なのか、と思った。乗り過ごすと結構面倒なんだよね、この路線。起こしてあげた方がいいのだろうか、でも気持ちよさそうに寝てるし私に他人様の安眠を妨害する権利はないし。

「んぁ…?」

 私が決めかねている間に、少年は目を覚ましたらしい。くりくりした大きな目、羨ましいなあ。ぱちぱちと何度か瞬きをした後、はっ、と大きな目をさらに見開いた。私と向き合い、そして、私の両肩をがしりと掴んだ。見た目よりも幾分力が強くて驚いた。

「今どこ!」
「え、と、バスなら役所前を過ぎた所だけど」

 ていうかほんと肩がね、かなり痛いんだけど、いい加減離してほしいです割と本気で。言葉にはしないけど。

「乗り過ごした?」
「や、次の次の駅で降りる」

 ほっとしたような深いため息をつき、私の肩を掴む腕の力を弛めるも、肩から手が退く気配は無くて。なぜ私は見ず知らずの少年と見つめ合っているのだろうか。いや、よく見たらちょっとものすごく格好良いなとか思ったり思わなかったり複雑な心境になりつつあるよなんだろうなコレ。

「…そ、ですか」

 それしか言えなかった。目、逸らしたいのに逸らせなくて、喉のおくがきゅうっとして息がとまるかと思った。


「サンキュ」
「?」

 バスから降りる際、彼は私にお礼を言った。何に対してだかイマイチわからないけどまあいっか。それよりも私の思考を独占したのは、(恐らく)中学生であろう彼の年相応とは言い難い笑みだった。


20120621
title by nirvana
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