どんなに欲しいと願っても手に入らないものがある。そんなことは、とうの昔に分かり切っていたのに。
隣で静かに寝息をたてる名前を見る度に感じる罪悪感。もう何度目かもわからない。はじめてこの気持ちを味わったのは、中学二年の夏だったように思う。
俺と同じ僧正血統の生まれである名前は幼い頃から家族ぐるみで仲が良く歳も同じだったため、俺と名前は自然と行動を共にしていた。いつも近くに居る、手を伸ばせば、いつだって触れられる。そういう距離に、名前は居た。俺の中で、名前が特別になるまでに時間は掛からなかった。はじめは、ただそこにいて、笑顔を向けてもらえるだけで心が温かくなった。名前にとって俺も、そういう存在であったら良いと思っていた。
けれど、分かってしまった。
「名前、ちゃんと前見ぃやー」
「え、う、わぷ」
「ハハ、そない走ったら転けるで」
いつものように寺の周りを駆け回っていて、前を見ずに走っていた名前が勢いよく人にぶつかった。言わないことじゃない。
「え、あ!じゅうにぃ!」
「おー名前!相変わらず元気やなあ!」
「…なんでおんのー」
「なんで、て。休みやから帰ってきた。嬉しないんか?ん?」
小学校三年の、夏休み。当時、全寮制の正十字学園に通っていた柔兄が少しの間帰省した。一部の大人以外には、帰ってくる、とは知らされていなかった。もちろん、俺達にも。
「うれしい、けど、」
「ん?」
「顔とか、ひざとか、ばんそうこうだらけではずかしわぁ」
「元気な証拠やろ」
「……」
柔兄が名前の目線の高さに合わせて屈み、名前の頭をくしゃくしゃと撫でる。頬をあかく染め、擽ったそうに目を瞑る名前。その時の名前は、今まで見たことのない「おんなのこ」の、顔だった。
俺が名前に抱いている感情と、名前が俺に向ける感情の違いは、曖昧で明白だった。そこにあるのは確かに「好意」なのに、それらが交わることはなかったのだ。
けれど、俺が名前に告げなければ、関係が変化することはない。もどかしくて、ひどく心地の良いこの関係を、このまま続けて行くのだと。
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俺が14になってすぐのある日、俺は気付く事が出来なかった。否、気付かない振りをしていたかった。名前の俺を見る目が、俺の望んでいたものからかけ離れたものになっていたことに。
「…れん、私として」
「して、て何を」
「セックス」
「、めずらし、名前がそない冗談…え、ほんまに?」
「嘘でも冗談でもあらへん」
そこに在ったのは、嘘と虚勢だけだった。名前は虚ろな瞳に俺を映し、俺もまた、名前から目を逸らすことが出来なかった。何も話そうとしない、名前の精一杯の強がりなんだと、俺はそう捉えた。
とんだ間違いだった。
120419
title by jojo