2014/07/17---笠松幸男
ほんの出来心、だったんです。
テスト週間で部活動はなく、帰宅する者も居れば居残って勉強をしていく者も居る。かくいう私も図書室での自習を済ませ、ふと、教室に忘れ物をしたことに気付いた。帰り際だった。それが明日提出〆切の課題でなければ、教室へ足を運ぶことはなかったかもしれない。
教室の扉に手を掛ける。カララと小さく音を鳴らし、開く。窓際の席で、橙に色づく彼を見つけて、足を止める。
彼、笠松幸男君。私のすきなひと、だ。滅多に女の子と喋らない。私も例外ではなく、必要最低限の会話しかしたことがない。私の場合は席が彼のひとつ前であるため、日常、特に授業中の接触が多い、気がする。他の子よりは、というだけではあるけれど、私にとってはどんな些細な事であろうと、特別だということに変わりない。
ベストエピソードは、授業中のプリント回しで指先が触れあった時の、彼の過剰反応だろうか。首から頭のてっぺんまで、ぼぼぼっと一瞬で真っ赤に染まったのには驚かされた。ぷしゅうと湯気まで出るレベル。女の私より断然かわいい。全国レベルの男子バスケ部主将、熱血漢。彼のそんな肩書きを忘れてしまうほどに。ふ、と思わず笑ってしまった。笠松君は私にじろりと視線を向けてきたけれど、真っ赤なかおでにらまれたって、なんにも恐くない。かわいい、なあ。
笠松君に興味を持つにはじゅうぶんな出来事だった。
さて、そんなかわいい彼(すきなひと)が、こちらに気付くことなく、頬杖をついて俯き気味に椅子に腰掛けている。何となく、そおっと近付いてみると、机上にノートを広げたまま、すやすやと寝息をたてているではないか。なんとも年相応な寝顔を晒している。凛々しいのは眉毛だけか、かわいすぎるよもはや罪でしょコレ。口とか半開きだし。
「笠松くん」
呼んでみるも、起きる気配はない。
笠松君と自分の席の、広くはないすき間に屈み、笠松君の机を少し借りて両腕で頬杖をつく。こんなに至近距離で観察しても、まだ気付かない。寝苦しいのか、時々身を捩ったり、眉を寄せてくぐもった声を
「……ん…」
出したりしている。今のはちょっとかなり、やらしいね、笠松君。
だからそう、これは、ちょっとした出来心。
笠松君の唇に、自分のそれを重ねる。たった一瞬。これで終わりにするはずだった、のに。離すときに薄目で見やった笠松君と、ぱっちりと目が合ってしまった。寝起きで状況を把握しきれず、この異様に近い距離にただただ動揺を隠せずに、いつかのあの日のように顔を朱に染める彼を、目の当たりにしてしまえば。
いっそ、もっと困らせてしまいたい、今は私の事だけ考えてほしいと、そう思ってしまったから。
「笠松君、すき」
「……は、っん、ん」
笠松君が発することばをもたべてしまおう。
140717
べろちゅうは頭がとける