運命の輪 | ナノ

  世界の広さ


『えっと、ただいまーっ』

「ふんっ」

『毛利さん!今日は一緒に遊んでくれてありがとうございました!』

「…きちんと敬語が使えるようになったではないか、貴様」

『あ……』

「別に貴様と遊んでやったわけではない。我はあの男に言われた子守りをしたまでよ」

『でもありがとうございました!』

「……………」




思えばあの頃から、毛利さんはとても厳しく私を指導していた気がする

幼馴染みの中でも一番年上な私。だから彼みたいな、お兄ちゃんのような存在に憧れていたのかもしれない



毛利さんに送られ帰ってきたのは、私がずっと暮らしている柴田屋

その門の前。楽しかった一日はあっという間で、私の気持ちはすでに次の楽しい日に向けられていた




『…オジサン、今度は遊べるのかな。忙しいっていつまでかな…』

「……………」

『でもまた毛利さんも遊んでください!次は一緒に…』

「貴様には…もっと年の近い友がいるではないか」

『っ………』




そして毛利さんは言う

オジサンでも自分でもない。私にはもっと遊ぶに相応しい友達がいるはずなのだと

突然の話に私は驚いた。それでも、その時の私が抱えていた悩みを的確についていて、そっと視線をそらす




『…オジサンとは遊んじゃ、ダメなんですか?』

「そうは言うておらぬ、だが―…」

『だって、オジサンは新しい友達だからっ…』

「あれが友?」

『一緒に遊んで、お話しして、そんなの友達じゃないとしないし、オジサンじゃなきゃ…!』

「……………」

『また…友達が…いなくなっちゃう』





私たち四人は、この小さな町でずっと一緒に過ごしていた

一番初めは私。その一年後に政宗くんと出会い、次の年には勝家くんと…市ちゃんに出会う。その時から私たちは兄弟のように育った


ずっと一緒だった。だからこそ解る





『近いうちにきっと…私たちは、バラバラになっちゃうんだ、て』

「……………」





まだまだ幼かった私たち。それでも年を取るにつれて、共有する時間は減っていった

そして他の人よりも先に年を取る私は分かる。出会ったのならいつか、必ず別れる時が来るのだと




『ずっとずっと一緒にはいられない、だから…』

「貴様は新しい友を探すのか?」

『……………』

「それを繰り返すというか、面倒なことを選ぶ」

『でも私はっ…独りぼっちは、イヤです』

「……………」

『だからっ…』

「……貴様は、」




毛利さんが、私にかける言葉を探していた

彼が言葉に悩む姿なんか、後にも先にもこの時だけだと思う。少し意地を張ったような私に、彼が何を言おうとしたのかは今でも解らない


その時―…





「あら!可愛い子っ」

『っ!!?』

「貴方の妹ちゃんかしら?ふふっ、お兄様に似てなくて良かったわねぇ。水入らずデート?」

「…貴様、わざとか」

『え?え?』




私の背後から、綺麗な腕が伸びてきた。ふわりと香るいい匂い、そっと見上げれば綺麗なお姉さんが私を抱き締めていた

真っ赤な唇が弧をつくる。そんな彼女を睨む毛利さんに、クツクツと喉で笑うお姉さん


えっと…?




「あらごめんなさい、見知った顔に思わず声を掛けたの」

「ふん…相変わらず、何処から湧くか解らぬ女よ」

『…毛利さんの彼女さん?』

「あり得ぬ」

「それはこっちの台詞。違うわ結、あえて言うなら妾は義輝のものよ」

『オジサン?』

「ええ、京極マリア…好きに呼んでちょうだい」

『京極さん…』




ニンマリと笑った彼女は私から離れる。この時が初めましてだったはずなのに、京極さんは私の名を知っていた

オジサン…義輝さんから、彼女も私のことを聞いていたのだろうか?少し気圧される私を見て楽しそうに笑う




「義輝も何故、この子のお守りを貴方に託したのかしら。妾ならもっと結を楽しませてあげられたのに」

「ふん…賢明よな。貴様に託しては後々の教育に悪い、貴様のような女になっては末よ」

「あらそう?貴方のような人間になるよりずいぶん素敵だと思うわ」

「……………」

「……………」

『ひいっ!!?』




バチバチと火花を散らす二人。どうやら親しいながら、決して仲がいいわけじゃないようだ


一頻り睨み合った後、それよりもと話を切り出したのは京極さんだ

再び私に手を伸ばし頭を優しく撫でる。その意味を探っている時、




「さっきの話…貴女はどうしたいの?」

『え…?』

「妾が貴女なら、もちろん新しいものも欲しいけど…昔からのお気に入りだって手放しはしないわ」

「おいっ…!」

『さっきの聞いてたんですか?』

「聞こえたの。ほら言ってごらんなさい結…貴女がどうしたいのか、その子達をどうしたいのか」




睨む毛利さんなんて気にもしないで、京極さんは私に問いかけた

目の前に近づく彼女の綺麗な顔。それよりも細く長い髪…その白に、何故か目を奪われる




『私は…』

「……………」

『今のままがずっと続いて欲しい、です』

「そう、」

『でもでもきっと、いつかは、バラバラにならなきゃいけな…』

「それは何故だと思う?」

『……え?』

「こんな小さな場所にこだわるからよ、閉じこもっていたって人は離れるだけだもの」

『とじこもる…?』




彼女の言葉に首を傾げると、貴女にはまだ解らないわねぇと笑う

次に毛利さんを見上げると、彼には意味が分かっているようだった




「この小さな町にこだわる必要なんかないの。結、もっと“貴女の世界”を広くご覧なさいな」

『広く?』

「ええ、だって会いたいと思えばいつだろうと、どこであろうと会いに行けばいいでしょう?」

『っ−……!』

「こもらず少しでも外に出てみなさい、きっと驚くわ。そして追いかけるんじゃない、貴女がその子たちを連れ出せばいい」




だって−…






「貴女はすべての中心だもの」
















「…お節介め」

「あら、ごめんなさいね?貴方があまりにも上手く伝えられない様子だったからつい」

「……………」




嘲笑う女を睨み次に視線を向けたのは、古びた老舗の銭湯

その前には先ほど別れた結と…それに会いに来たであろう眼帯をつけた男子。その後ろには長い黒髪の女子

そして銭湯からは同じく黒髪の、どこか結に似た男子が現れる




「貴方だってお節介じゃない?可愛い可愛い甘露ちゃんに、何を吹き込もうとしてたのかしら」

「さぁな…貴様の戯れ言と変わらぬ」

「あらそう。そうよね…あの子の世界はまだ、狭いもの」

「……………」

「でもあの子たちなら、あの子たちと一緒なら結も大丈夫だと思うのだけど」

「大丈夫、などずいぶん曖昧なことを言う」

「ふふっだって曖昧だもの」

「……………」




四人が手をつなぎ駆け出す。その先頭を結が引っ張り、続く三人を振り向き笑った

あの男は泣き顔が可愛らしいと言っていたが、今の表情こそ似合っているのではないか…そう思う


それを奪う者がいるとするならばそれは−…





「っ………!」

「どうかした?」

「…銀がいた」

「あら、妾の美しい銀糸に目を奪われて…」

「貴様ではない」

「…分かってるわよ、つまらない男。どうするの?彼、ずっと結をつけていたんじゃない?」

「…………」




女と共に振り向いた先。そこにもう気配はないが、確かにあった男の姿

長い銀髪の男がじっとりと見つめていたのは我らではない。本来の友と駆けていったあの女子。それをずっと追っている




「…放っておけ」

「でも彼、いつか結に近づくんじゃない?早めに敬遠しておくべきかしら」

「必要であればあの男がくだす」

「確かにそうだけど…ふふ、義輝、近々この町で喫茶店を始めるそうよ」

「あの男が?」

「ええ、開店したら行きましょうね。もちろん、結も連れて」

「……………」






皆の執着だ


そんなことを思いながら顔をしかめる。女も言っていたが、あの者らが結を変えられるか否かは非常に曖昧なもの


いや、奴らでは足りぬ

現に奴らと結では、何もできやしなかったあの日






『ごめんなさいっ…ごめんなさい、ますた、ごめんなさいっ…!』





結は、あの笑みを消した

よく似た男子は無力を知った

眼帯の男子は強さを求め、黒髪の女子は別れを選ぶ


それはやはり決まっていた、運命とやらだったと思う。我らにも動かせぬ定まったもの



ただそれを動かせる者がいるとしたならば、あの店に現れた…不可思議な、男たちのかもしれぬ













『す、すすすみません毛利さんっ!!居眠りしててすみません!いつものコーヒーです!』

「っ………」





昔の記憶に、浸っていたその時

目の前に現れたカップで、ハッと我に返る。ここはいつもの喫茶店。そして目の前では…頼りないマスター代理が震えていた




『あ、朝のラッシュが終わって、ちょっと、気がゆるんでしまって…つい』

「…つい、貴様は客の来店を無視するのか」

『ひぃっ!!?すみません!すみません!マスター失格すみません!』

「狐!謝るばかりでこの男が納得するわけがない!」

「先輩は悪くねぇ!寝顔を眺めてたオレが悪い!」

『え…政宗くん、な、眺めてたって…?』

「Shit!」

「馬鹿か貴様ら」




伊達と石田の間に挟まれ、そんなやり取りをする結

馬鹿馬鹿しい、と奴らから視線をそらしたその時…いつものコーヒーの隣に、注文などしたことのないモノがある




「これは…」

『あ、謝罪の意のサービスです、本当にすみませんでしたっ』

「…チーズケーキか」

『はいっ、毛利さんも平気なくらいに甘さ控えめですっ』

「……………」

「だが先輩、ケーキならもう少し甘くした方がいいぜ?ありゃスイーツの甘さじゃねぇ」

「…よく解らんが、貴様がすいいつを語ると無性に腹が立つ」

「なんだとっ!!?」

『け、喧嘩はダメです!』

「…………ふんっ」




やはり、相も変わらず馬鹿であったか

あの頃よりもずいぶん様になった敬語を聞きながら、いつものコーヒーに口を付ける。さて…朝からケーキとは




「…我の舌に合えばよいがな」

『あ……』






そんな小さな、約束の話






20141101.
捨て駒と部品の暴走

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