運命の輪 | ナノ

  甘さ控えめの約束


『…ん、おいしい!これ美味しい!……です!』

「あの男が勧める店であるからな。良いものばかりで肥えた舌ぞ」

『毛利お兄ちゃんは食べないの?…ですか!』

「我はよい」

『…………』




毛利さんに連れられやって来たのは、オジサンと来る約束だった隣町のケーキ屋さん

私たちが住む場所にはケーキ屋さんなんて無くて…小さな町、つまらない町。それが政宗くんの口癖にもなっていた




『それ、コーヒー?…ですか!』

「ああ、見ての通りよ。舌に残るしつこい甘味は好かぬ」

『ふぅん…』




お兄さんが飲んでいるのは底の見えない真っ黒なコーヒーだった。苦いコーヒーとさっぱりした甘さが好きなのか

対する私はショートケーキとチーズケーキを頬張る、うん、美味しい!




『ケーキ、嫌いなの?ですか?』

「嫌いではないが…我の口に合うものがない、それだけぞ」

『…………』




嫌いじゃないけど食べたくない、食べたいけど苦手。私はお兄さんの前のコーヒーカップをじっと見つめた

そしてまた、チーズケーキを口にする




『じゃあ、今日のお礼に今度、毛利お兄ちゃんの口に合うケーキ作ってみる!……です!』

「は?」

『よく勝家くんと一緒に作ってるから!あ、政宗くんも上手で、お市ちゃんは苦手みたいだけど…』

「…貴様が我にケーキを焼く必要がどこにある」

『え、お礼…だから?』

「…………そうか」

『ん?』





その時、私にはお兄さんが少しだけ笑ったように見えた




「…あと、その毛利お兄ちゃんと呼ぶのはやめよ」

『じゃあ、毛利ちゃん?』

「・・・・・」

『ひいっ!!!?』

「…その年ならば、年上をどのように呼ぶべきかは解るであろう。単に―…」

「毛利っ!!!?」

「…………」

『あ……』




小さな店の中に、お兄さんの名前を呼ぶ声が響く

瞬間、ドカドカと乱暴に駆け寄ってくる男の人が一人。毛利さんと同い年くらいのお兄さん、私は彼に見覚えがあった






「…長曾我部、貴様がケーキ屋にいるなど何の間違いだ」

「うるせえっ!!自覚はあるから黙ってろ、サヤカの奴が急に親戚のガキを預かれって言うから仕方なくだ!」

「そのガキがケーキを買ってこいと?ふん、子守りでなくパシリではないか」

「だぁあっ!!!それも解ってる!アンタこそ子守りみたいじゃねぇか、妹か?」

「…我の妹ではない」

「あ?じゃあ、誰の―…」

『病気のお兄ちゃん!』

「…………は?」




ビシッと、目の前の大きなお兄さんを指差して叫ぶ

驚いたお兄さんは目を見開いて私を見下ろした。そう、この眼帯お兄さんを私は知っている




『いつも病院の前で見かけるもん、あ、私、柴田結です初めまして!』

「柴田…って、アンタ、柴田屋の娘さんか!そういや親父さんが姪っ子も一緒って言ってたな」

「ふん…結、病気のお兄ちゃんに近寄れば病気が移る、気をつけるがよい」

『え…だ、大丈夫、ですか?外に出て平気?気分悪くない?』

「本気で心配すんなっ!!あと嘘を教えんな毛利っ!!あそこは俺んちなんだよっ」

『…じゃあ、お医者のお兄ちゃん?』

「おう!未来の、な!アンタも何かありゃ将来、俺が診ることになるかもなっ」




カラカラッと笑ったお兄さんがワシャワシャと私の頭を撫でる

そしてグシャグシャになった髪を毛利さんが直す。それを見て長曾我部さんはやっぱり兄妹みたいだと笑った




「おっと、寄り道してちゃあ鶴の字が不機嫌になっちまう!」

『つるのじちゃんが、その子守りの子?』

「おう、アンタより少し年下な女だ。近所ってなら遊びに来いよ結!じゃあ、またなっ」

『またねー』

「…………」

『……です!』




買ったケーキ持つのとは反対の手を振るお兄さんに、私も大きく手を振って返した

確か、買っていたのはショートケーキにモンブラン、そしてショコラとフルーツタルト

鶴の字ちゃんが食べるには多すぎるから…きっと、あのお兄さんもケーキが好きなんだろう






20140913.
本編瀬戸内はそこそこな年です

prev / next

[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -