はじめまして稲荷さま
あれは私たちがまだ子供だった頃の話
不思議な話をたくさん教えてくれたオジサンと、何でも知っていたお兄さんとの思い出
―8年前
「今日も、その人を待つのか?」
『うん。政宗くんはどうする?オジサン面白いよ、政宗くんもきっと仲良くなれるからっ』
「オレは…今日、習い事あるから…ごめん」
『そっか…なんだか政宗くんや勝家くんやお市ちゃんの都合の悪い日ばっか、オジサンが来るんだよね』
「…でも結ちゃんは楽しそうだ」
『え?』
「っ……何でもない」
じゃあ、また明日
そう俯き気味に呟いた幼馴染みは、少しだけ駆け足でここから去っていった
生まれた時からずっと住んでいるこの町。そこにある小さな神社は人気のない私たちの秘密の場所
そして私が勝家くんと喧嘩すると必ず逃げ込んでいた場所。あの日も神社の階段に座り泣きじゃくっていた私の前に、あの人は現れた
「やぁ、これはまた…ずいぶん可愛らしい稲荷がいたものだ」
そのオジサンが私の隣に腰かけた時、強い風が私たちの間を吹き抜けたのを覚えている
そして、その日からオジサン…義輝さんとこの神社で会うのが私の楽しみになっていた
『遅いなぁ…今日はケーキ屋さんに行く約束してたのにっ』
そして今日もオジサンを待ち続けているんだけど、彼は時間になっても現れない
パタパタと足を弄びながらじっと神社へ続く階段を見つめる。いつもはここから登ってくるはずなのに
『忘れてるのかなオジサン…んー、あと少し待ったら帰ろっ』
今日は一人で、遊ぼうかな
パッと立ち上がった私は空を見上げる。最近、こうやってオジサンと遊ぶ時間が増えてから…ううん、もっと前からだ
私たちが大きくなるにつれて皆が忙しくなって…お市ちゃんや政宗くんと遊べる時間は少なくなった
このまま大きくなったなら、一緒にいられなくなるのかな
『…それは、やだな』
その時、
『え、あ、きゃあっ!!!?』
突然バサバサと周りの木を揺らしながら、冷たい風が吹き抜けた
思わず自分の身をかばうように丸くなった私。寒い、冷たい、なんだろう
「……その年にもなって風に怯えるのか、貴様」
『っ………え?』
「…………」
そして風が止んだ頃、さっきまで一人ぼっちだったはずの神社に知らない声が響く
えっと顔を上げた私の視線の先には…男の人が、石の灯籠に背中をあずけて立っていた
私よりもずっと年上なお兄さん。私をじっと見つめているから私も返す。いつからいたんだろう、私を見ていたんだろうか
『……お稲荷さま?』
「狐ではない」
『じゃあ、お兄ちゃん、誰?』
「…貴様、“義輝”という男を待っていたのであろう?」
『え、あ、うんっ』
質問を質問で返され気圧された私。そんなこと彼には関係ないようで、灯籠から離れた彼が近づいてくる
そして私の目の前まで来ると、
「奴は私用で来られぬ。代わりに、我が貴様の子守りを託された」
『…………』
「…貴様が、結なのだな」
『う、うん!柴田結です、はじめまして!』
「……はじめまして、か」
『ん?』
小さく呟いたお兄さんが目を細めた。それに首を傾げていると、次は何も言わずさっさと歩いていってしまう
その背中を見つめて少しだけ悩んで…私は彼を、追いかけることにした
『待って!置いてかないでっ』
「…貴様、その年にもなって初対面の男について来るのか」
『え、だって、お兄ちゃんが…』
「……かまわぬ。貴様に何かあっては、あの男が我を許さぬであろ」
『???』
「それと、その年になったならば年上には敬語を使え。常識ぞ」
『うーん……はいっ!!』
「…………」
チラリと横目で私を見たお兄さんは、ならば行くぞと声をかけてきた。それに頷けば再び歩きだす
それが、何でも知ってるお兄さんとの出会い
20140909.
子守り元就さま
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