yume-utsutsu..*

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01:そんなに妬して欲しかった?


『こんにちはァ』


ギィィ、と不気味な音を立てて開く扉。
ああ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。


「…ヒッヒ…
よう〜〜こそ」


棺から出れば、少し驚いた様な顔の君。


『ッ葬儀屋さん…ッ
いい加減、普通に…』
「ヒッヒ…無理な相談だねぇ…
小生は"普通"という言葉が嫌いなのさ」


よいしょ、と棺から体全体を出す。
頬を膨らませる君は…


「ファントムハイヴ家の家女中が、どうしたんだい?」


カウンターの方へ歩きながら、彼女に用件を促す。


『坊ちゃんが…』


そう言って白い封筒を渡され、中身を確認する。
ああ、この封筒は捨てられないねぇ…


『その手紙の内容、教えてくれって…』


黙々と手紙を読む小生に、遠慮がちに声を掛けて来る。
ああ、良いね。
その顔の角度、視線…素晴らしいねぇ。


「そうだねぇ…この人達の中に小生のお客さんは居ないよ」
『居ない…?』
「この人達の名前も、裏社会で聞いた事もないねぇ」


眉間に皺を寄せ、不思議そうに小首を傾げる君。


『…分かりました。
有難う御座いました』


律儀にもペコリ、と頭を下げる。
君の栗色の髪が重力に従って垂れ下がり、綺麗な顔を隠してしまう。


「…ヒッヒ……また、おいで。
君なら、大歓迎だよ」


少し気味の悪そうな表情を見せ、君は出て行った。

封筒から、微かに君の薫りがするよ。
今日の紅茶は、アールグレイだったんだねぇ。
君はミルクを淹れるのが好きなのかい?
ボディクリームは…カシスベリーの香り。


小生は、どんどん君の虜になってしまうよ


「…おやぁ…?」









『只今戻りました』


あたしは、ファントムハイヴ家の使用人。
あの日、坊ちゃんに拾われてから、あたしは此処で普段は家女中。
もしもの時には、戦闘員になる。
名前なんか無かったあたしに、名前までくれた。


「御苦労でしたね、名前」
『いえいえ、セバスチャンの頼みですから。
やっぱり、名前というのは慣れないですね』
「私も貴方も、坊ちゃんに名前を頂いた身。
名前が自分で有るという証拠です。
大切になさってください」


全てを魅了するようなその微笑みに、あたしは完敗。
紅茶色の瞳も、漆黒の髪も、恐ろしい位白い肌も。
全部全部、素敵。




『坊ちゃん、只今戻りました』
「ああ、どうだった?」
『それが…そのリストの中にお客様は居ない、と。
名前も聞かないらしいです』


そう告げると、残念そうにもどかしそうに溜息を吐く。
あたしよりもずっと子供なのに、大人びた雰囲気、態度。
坊ちゃんが深い闇を抱えているのは確か。
それを聞き出せないのが、使用人。


「そういえば、名前。
今回バタバタしていてお前を葬儀屋の元にやったが…
情報料はどうした?」
『情報…料…?』


そういえば、あたし葬儀屋さんに何も…


「…珍しい事も有る物ですね」
『ッセバスチャン…』


背後から声がして、振り向けば静かに佇むセバスチャンの姿。


「どうした、セバスチャン」


坊ちゃんがそう問いかけると


「珍しいお客様です」


と妖しげな微笑みを浮かべる。


「客?
そんな話、僕の元には来ていな―…」
「ヒッヒ……やあ、伯爵…」
「ッ葬儀屋!」


セバスチャンの背後から現れたのは、長髪の男。
先刻まで、一緒に居た…


「何の用だ、葬儀屋。
自分から此処に来るなんて」
「残念ながら、小生は今日伯爵に用は無いんだよ…」


葬儀屋さんの言葉に、坊ちゃんもセバスチャンも、勿論あたしも眉を顰める。
なら、何故此処に?
誰もが抱いた疑問。

それは、葬儀屋さんの細く長い指が答えた。

爪の長い指。
その指先が柔らかく捕えたのは…


「名前…?」


紛れも無く、あたし。












「…おやぁ…?」


小生が小首を傾げる先には、先程まで彼女が座っていた棺。
彼女は躊躇いも無く棺の上に座る。
だからこそ面白いんだけどねぇ。

その棺の上に有るのは、見覚えの無い手帳。
何の気なしにパラパラと捲る。
其処に居たのは彼女しか居ないのだから、持ち主が彼女だと言う事くらい分かっている。
何故捲ったか…?

知りたいかい?



「ほぉら、やっぱりね…」


手帳から出て来たのは、一枚の絵。
しかめっ面の伯爵の隣に渋々佇むその姿…

この絵が出来るまでの経緯を、小生はちゃんと知っている。

この絵は彼女が拾われて間も無い頃。
家族を知らない、家族の写真を持ち歩いてみたい。
伯爵はそんな彼女の夢を叶えてあげたのさ。
写真ではなく、絵にした理由までは知らないけどねぇ…

このまま手帳を持っていても良いのだけれど。
折角だ。

彼女の"誘い"に乗ってあげるとしようか



「…名前、貴方彼に何をなさったんです?」


呆れ顔の執事君。


『べ、別に何もしていませんよ…!』


耳まで赤く染める君。
君は演技が得意だねぇ


「では、何故彼が貴方に会いに来るのです?」
『う…し、知りません』


ああ、全く。
君という人には困ったモノだね。

そんなに小生に
嫉妬して欲しいのかい?


「…小生はね、唯彼女の忘れ物を届けに来ただけなのさ」
『忘れ物?』


恍けても無駄さ。
わざとなんだろう?
忘れて行ったのではなく、置いて行った、と。
恥ずかしがり屋な君は、そう素直に言えないのだろうけど。


「そうさ…ヒッヒ…これだよ」


ポケットの中から手帳を取り出す。


『あ…!』
「大切な物なのだろう?」
『あ、有難う御座います』


執事君の影から小生の元へと駆け寄り、小生に手を差し伸べて来る。
その白い手に手帳を乗せてあげれば、君は嬉しそうに微笑む。


「良いんだよ。
それじゃあ、小生は行くとするよ」
「ちょっと待て、葬儀屋。
本当に用事はそれだけなのか?!」
「ヒッヒ…伯爵…家女中君から聞いているだろう?
小生は今回の事件について、何も知らないのさ」


悔しそうに顔を歪ませ、舌打ちをする伯爵を背に、小生は屋敷を出た。


小生は、ちゃぁんと嫉妬しているよ。
君の仕組んだ戯曲だと分かっていても。
わざと引っ掛かってあげるくらいには、ねぇ。



そうでしょう、名前。



わざと手帳を小生の目に付くところに置いて。
中に挟んである執事君の絵を見せて。
やって来た小生に、わざと執事君と仲良さそうに話す姿を見せたのだろう?


そんなに嫉妬して欲しかったのかい?
全く、困った女(ヒト)だねぇ

そんな事しなくても、小生は君を愛して止まないのに。

ああ、そろそろ閉じ込めてしまいたいよ







そんなに妬して欲しかった?


(それなら素直に、愛の言葉を吐いた方が早いのに)



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